1か月限定でホストに復帰。実父がなぜか応援し

── プロポーズの場にご両親が来ているというのはすごいですね。城咲さんとのことはご両親も応援してくれていたんですか?
加島さん:そうですね。つきあって1年目の冬、仁さんが2019年に1か月限定でホストに復帰したことがありました。かつてお世話になった新宿・歌舞伎町のホストクラブ・クラブ愛の愛田会長が亡くなられたときに恩返しといのことでした。それを聞いて私は「ええ!?」ってなって。どういう世界か知らないし、さすがに心配と不安な思いが募って、そのことを実家の両親に電話して相談したんです。そしたら父が「男のロマンやなぁ…頑張って支えてあげなさい。辞めた仕事を期間限定で復帰するにはきっといろんな理由があるんじゃないか」と。父が私の心配ではなくて、仁さんの応援するとは思いもしなかったんですけど…。しかたなく、私も「わかりました」と。応援するといっても何もしてませんが、黙って見守りました。
仁さんはその1か月が終わって疲れ果ててたんですけど、ちょうどそのときに年末だったんです。私が「年末は実家に帰省するのがルーティンなので帰ります」と言ったら「僕も一緒に帰っていい?」となって。それまでおつきあいしている方を連れて帰省したことなどありませんでしたし、両親に言うと、「そうか頑張ったもんな、うちでゆっくりさせてあげなさい」と。すんなりというか、むしろウェルカムな感じで受け入れてました。「もしかしてファンなの?」と思ったくらい(笑)。それで、一緒に帰ったのですが、その帰省がお互い初対面なのに、仁さんは2週間くらいうちの実家にいましたね。
── ホストのお仕事で疲れた娘の彼氏を初対面で家に招き入れるご両親の懐が広いなぁと思ってしまいますが、ご実家での2週間はどんな様子だったのですか?
加島さん:実家での生活で、私も見たことない仁さんを知る機会になりました。仁さんはひとりっ子だし、夜明るいと眠れないタイプだそうで。ご両親とも働いていたので、ひとりで過ごすことが多かったようです。いっぽう、私は5人家族で、常に騒がしい生活音の中で育ってきました。そんな生まれ育った環境の違いがあったので「大丈夫かな」と心配していたのですが、騒がしくても煌々と電気がついた中でも爆睡してたんですよ。うちの実家になじんでいるのが意外でした。
── 城咲さんも爆睡できるほど、心から素で過ごせたんでしょうね。結婚してから、そういう変化や変わったことなどありますか?
加島さん:そうですね。20代、特に独身時代は私も自分中心でしたけど、仁さんとつきあってからは彼の話をまずとことん聞くようになりました。「自分が話したい」というスタンスだったのですが「聞いてあげたい」に変わりましたね。本当にすごく変わったところです。
彼のご両親は中華屋さんを長年経営してきた方。職人気質なところがあり、仁さんも幼いころは仕事に専念する両親に対して、我慢をしないといけないと思っていたようで、言いたいことを言いたいときに言えない部分があったようです。
私は「言わないと伝わらないし、それですれ違うことはよくない。言いたいことを言ったからといって嫌いなることもないから、なんでも口に出していこう」と言いました。それで彼も自分の思ったことや自分の欠点を素直に話すように。無駄な意地を張るのをやめたことで、完璧主義な彼も肩肘張らずに自分の悩みや欠点を話せるようなったようです。その結果、駆け引きをしないで素直に話せる関係になり、夫婦ともども成長していっているなと感じているところです。
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結婚して3日後に別居生活をすることになった加島さんと城咲さん。それは城咲さんが、実家が経営している中華屋に修行に入ったことが理由ですが、そこには疎遠だった職人である父と息子の関係を修復したいという加島さんの思いがあったそう。お店の味の引き継ぎ方について夫婦でさまざまな葛藤に直面しつつも、いまはご両親と良好な関係を築けているそうです。
取材・文:加藤文惠 写真:加島ちかえ