10代から日本代表に選出され、海外でも活躍した元プロサッカー選手の永里優季さん。そんな永里さんですが、子どものころからずっと「サッカーなんかやりたくない」という思いと葛藤しながら練習を続けていたそうです。

興味がなかったサッカーで妹と競争の日々に葛藤

── 10代からサッカー日本女子代表として活躍されていた永里さんですが、最近、20歳ごろの日記を「note」などSNSで公開されました。当時の本音が赤裸々に綴られた貴重な内容ですが、公開するに至ったのはどんな思いからでしょうか。

 

永里さん:もともと話すことは苦手だったけれど、書くのは好きでした。それもあって、2006年から毎日日記を書き続けてきて、もう20冊以上になります。最近、その古いノートを読み返す機会があり、20歳前後の自分の悔しい思いや苦しい気持ちを思い出しました。それと同時に「このときの苦しみがなければ、今の私はいなかったんだ」と感じたんです。それで、当時の自分の言葉をそのまま残しつつ、今の視点で解説しながら、物語として届けることで、誰かの “前に進む力” になれば、という思いで公開しました。

 

最近公開した2008年の日記

── 日記には、「サッカーはもともとやりたくなかった」と悩まれていたという記述があり、とても意外でした。当時はどんな心境だったのでしょう。

 

永里さん:実は、サッカーは好きで始めたわけではなかったんです。小学生のころ、兄と妹がサッカーを始めて、私は興味が全然なかったのですが、親は「当然、優季も始めるもの」と思ったらしくて…。父から誘われるまま、他の選択肢がない状態でサッカーを始めました。しかも、父はサッカーのことになるとすごく厳しくて、「やるからにはいちばん高いところを目指してほしい」と、私たちきょうだいの練習に熱心に取り組んでいました。

 

そんな環境で育った子ども時代の私の脳裏にあったのは、「きょうだいのなかで1番になるにはどうすればいい?」という考えでした。兄と妹はきょうだいであり、ライバル。特に妹とは、大学時代まで競い合っていました。妹は天才肌で何でもできちゃうし、タレント性があったので目立っていたんです。自分はまったく逆のタイプだと思っていたから、「しっかり練習しないといつか妹に追い越される」と常に不安を抱えながらサッカーをしていた気がします。

 

永里優季
2025年に現役を引退した永里優季さん

── 姉の立場からすると、かなり複雑な気持ちだったのですね。

 

永里さん:しかも、私と妹は小中高、ずっと同じサッカーチームだったんです。だから、レギュラーをいつも競っていて。試合に出られるか、出られないかの違いって、目に見えてわかりやすいんですよね。しかも私と妹は姉妹だからよけいに目立っていて。妹はいつも私の後をくっついてくるけれど、能力は私よりも高い…そんな妹をうっとおしく思っていた時期もありました。

 

私が大学を卒業してドイツのチームに移籍するまでは、妹への嫉妬心があり、仲はあまりよくなかったと思います。

 

── 永里さんの20歳ごろの日記では、好きではなかったサッカーを15年以上続けたある日、初めて「楽しい」「やりたい」と思えた、という言葉も印象的でした。子どものころから苦手や不得意を克服するために、徹底的に自分を追い込まれたのかなと。日々のストイックな努力が実って日本代表に選ばれ続け、世界で活躍していた永里さんのことを、妹さんも誇らしく思われていたのかなと思いました。

 

永里さん:妹から、最近になって初めて、私が16歳で日本代表に選ばれたころから「お姉ちゃんは手の届かない存在だった」と言われたんです。そんなふうに思われていたとは思いもよらず、正直驚きました。

 

そのいっぽうで、私自身の記憶をたどると、ドイツのチームに所属していたころ、妹のことを優秀なプロサッカー選手として初めて認めた出来事があったんです。妹が私から刺激を受けたらしく「海外に挑戦してみたい」と相談してくれて。実際、私の所属するチームのテストを受けて、2軍入りできました。そのとき、妹の本気を間近で見ることができたように感じて、すごくうれしかったんです。妹を初めてサッカー選手として尊敬した、というか。

 

今振り返ると、子どものころからライバルとして一緒に闘ってくれた妹の存在が今の自分につながっていると思いますし、本当に感謝しています。今では私のファンでいてくれているそうです(笑)。