長身を生かしたルックスで「男子系女芸人」として活躍する本日は晴天なり(以下、晴天)さん。ダンスの専門学校に通うために上京したものの、結局芸人の道へ進みました。一時期は芸人として活動しながら実の妹と同じキャバクラで働いたことも。そのキャバクラ勤務時代が、のちに晴天さんの運命を大きく動かすことになりました。(全3回中の1回)

小学校の卒業文集に「漫才師になる」と書いて

── 子どものころは、どういうタイプの子でしたか?

 

本日は晴天なり
小学生のころの晴天さん(いちばん左)。すでにカッコいい雰囲気

晴天さん:人を笑わせたりするのが好きだったので、友だちのお父さんから「芸人を目指しなよ」って言われていました。それを真に受けて、小学校の卒業文集に「漫才師になる」って書いたんです。当時は『ダウンタウンのごっつええ感じ』が流行っていて。

 

── どのような経緯で芸人にデビューしたのですか?

 

晴天さん:今の事務所の『女芸人募集』という公募をたまたま見つけて応募したら、受かっちゃったんです。22歳のころですね。それ以来、20年芸人を続けています。でも、養成所に通っていたわけでもないので、最初はお笑いの常識が何もわからず、漫才なのにいすに座って始めたりしていました。先輩芸人からは「斬新だね」って言われましたけど。

 

── まったくお笑い未経験の状況からプロになられたのですね。当時は、キャバクラでも働いていたとか。

 

晴天さん:キャバクラには、芸人を始める少し前から働いていました。何店舗か勤務先は替わったのですが、トータルで10年ほど勤務していたと思います。自分でお店を辞めたことはほとんどないんです。ある日、出勤したらお店が閉まってて、そこでお店がなくなったことを知る、みたいなパターンはありました。そのときは店長と全然連絡がつかなくて、結局お給料は支払われなかったんです。そういうトラブルはときどきあったかな。ただ、長く続いたお店もあって。店長が芸人さんのお店があったのですが、そこは特に居心地がよかったです。

 

── 店長がお笑い芸人のキャバクラ、楽しそうです。

 

晴天さん:そのキャバクラではほかの女芸人も働いていたんですが、けっこうやらかしていたんですよ。自分が指名されていないお客さんのテーブルでガンガン飲み食いしてクレームが入ったり、衣装のチャイナドレスがパツパツで、スリットから派手に破れたのを「セクシーでしょ」ってそのまま着ていたり。お客さんに注意されていました(笑)。なかなかのツワモノでしたね。

 

── そんな強烈キャラも!晴天さんはキャバクラの衣装に抵抗はなかったのですか?

 

晴天さん:最初は嫌だったのですが、そのうち慣れてきて「コント・キャバ嬢」みたいなテンションで楽しめるようになりました(笑)。もちろん、座ろうとしたらいすに手を置いているとか、隙あらばスカートをめくろうとするとか、軽いセクハラには1000回くらいは遭遇したと思います。大抵の男性は、おじさんになっても心は小学生なんですよね。

 

お客さんは、私が芸人だとわかると応援してくれる方が多かったですね。でも、なかには「どうせ売れないんだから芸人なんてやめなよ」って説教をしてくる人や、「俺がネタ書いてあげるよ」なんて言ってくる厄介な人もいました。でも、開き直ってそういったエピソードをお笑いのネタにしていました。