高次脳機能障害を多くの人に知ってもらいたい

── 仕事をしたいのにできる仕事が見つからないのは、ご主人もつらかったと思います。

 

梅野さん:はい。その後コロナ禍に入り、在宅業務が中心となりました。すると、夫にできることはますます減ってしまって…。オンライン化で新たなツールを学ぶ必要も増えましたし、耳から入る情報を処理する能力が低いため、モノを見ずにオンラインで指示を受けて理解することも難しくなりました。家にいると、たとえばオンラインでの画面共有のやり方がわからず、苦労している言葉が何度も聞こえてくるんです。障害を負う前の夫は、理解力も頭の回転も早い人だったのに…とてもせつなくなりました。

 

そんななか、2020年8月には脳腫瘍が再発し、抗がん剤でも進行を食い止められなくなりました。運動機能にも影響が出て、ひとりでは歩けない状態に。また、障害も重くなってきました。夫は仕事を続けたがっていたし、会社もいろいろ考えてくれましたが、これ以上、会社にお世話になるわけにはいきません。30年弱勤務した会社を退職することになりました。会社を辞めることは、私が決めて説得しました。彼の人生を私が決めたのはつらかったです。働きたい夫と働かせたい会社があるにも関わらず、「就労不能」となった夫。本当に悲しくなりました。

 

そして、退職した翌年の2022年に夫は亡くなりました。自宅で過ごした最期の日々はとても穏やかでした。脳腫瘍により痛みを感じる箇所が侵されたうえに身体も動かなくなりました。高次脳機能障害により何でもすぐに忘れてしまうため、本人は自分が亡くなると思っていなかったと思います。痛みなどもなさそうで、穏やかな最期でした。周囲が思っているほど本人はつらくはなかった気がします。

 

── 梅野さん自身、さまざまな経験をされたと思います。

 

梅野さん:高次脳機能障害は脳腫瘍などの脳血管疾患はもちろん、交通事故や頭部のケガなどが原因となり生じるもので、誰でも発症する可能性があります。なので、多くの人にこの障害のことを知ってもらいたいです。

 

そして、もし脳損傷を経験した身近な人の様子がおかしいと感じている人がいたら「ひとりで悩まないで」と伝えたいです。夫が高次脳機能障害になったことで、世の中には「困っている人への支援をやりがいとしている人たち」がたくさんいると知りました。私自身も人に頼る大切さを学んだんです。

 

私が暮らす自治体には、高次脳機能障害相談室がたまたまあったのですが、担当の方はとても親身になって支えてくれました。こんなに誰かのために力をつくしてくれる人がいるのか…と驚くとともに、感謝でいっぱいでした。夫とともに生きた時間は大変なことが多かったものの、たくさんの貴重な経験をもたらしてくれました。夫は仕事が大好きだったし、社会がよくなるために行動をしたいと考えている人でした。私がこれまでの経験を伝えて、高次脳機能障害について理解してくれる人が少しでも増えたら…。きっと、夫も「誰かの役に立てた」と喜んでくれるのではないかと思います。

 

取材・文/齋田多恵 写真提供/梅野はるか ※サムネイルの写真はイメージです