夫の大病が急に発覚するも、命は助かって身体も思うように動いている。でも、言葉づかいや様子がそれまでと何か違う。梅野はるかさん(仮名・53歳)は、夫の脳腫瘍の手術後、その様子に長く悩み葛藤したといいます。(全2回中の1回)

「運転変わって…」ドアを開けた瞬間に夫が倒れ

── 梅野さんのご主人は2003年に脳腫瘍の手術をしたあと、梅野さんへの接し方が以前とは変わってしまったとのことです。どのような様子だったのでしょうか?

 

梅野さん:見た目はまったく変わらず、ふつうに生活していました。でも、一緒に暮らしていると「何かが違う…?」と思うことが多くて。以前は穏やかな人だったのに、急に怒り出すことなどがありました。たとえば洗濯物を取りこんでもらおうとお願いすると、「ったく、わかりましたよ!」と語気が荒い返事が返ってくるんです。

 

ほかにも、息子の保育園で準備するものが覚えられない、引越しの準備がまったくできない…。小さなことですが、ずっと何かがおかしいと思っていたものの、原因がわからなかったんです。ところが、2003年、脳腫瘍の後遺症から「高次脳機能障害」という障害を負っていたことが2018年に判明しました。手術直後から、心で会話ができないような、何とも言えない違和感を抱く部分はありましたが、15年間、それが高次脳機能障害によるものだとはわからず私は悩んでいました。

 

── 高次脳機能障害とはどういったものでしょうか?

 

梅野さん:脳卒中や脳腫瘍などの病気、交通事故などで脳の一部が損傷し、思考・記憶・行為・言語・注意などの脳機能の一部に障害が生じた状態のことを言います。外見からはわかりにくいものの、近親者に対してや日常生活や社会生活に支障をきたす場合があります。夫は脳の右前頭葉と左側頭葉に各7センチ大の脳腫瘍がありました。夫はこれらの腫瘍を取り除く手術、その後の放射線治療、抗がん剤治療などフルコースの治療を受けました。あれだけの腫瘍をもって20年生きてこれたのは奇跡的で、本当に難しい治療をしていただきました。

 

夫は同じ会社の同じ部署で働く2年先輩でした。とても穏やかで、私にもきちんと向き合ってくれる人だったんです。本当に優しく、怒る姿を見たことがないほどでした。頭の回転が早く仕事もできて、周囲からも慕われていました。1999年に結婚し、2001年に長男が生まれて新たな生活がスタート。でも、2003年に突然、夫が倒れ、脳腫瘍が見つかってから平穏な毎日は一変しました。

 

── 脳腫瘍が見つかるまでに、どんな経緯がありましたか?

 

梅野さん:あるとき、家族ぐるみで仲がよかった同僚家族と車で旅行に行きました。帰宅中、夫が「調子が悪いから運転変わってくれる?」と言うんです。ふだんの彼なら、絶対、私に運転させようとしなかったから珍しいな…と思いました。急いで、ガソリンスタンドに車を入れ、夫が車のフロントドアを開けて立ち上がった瞬間、バタッと倒れて…。そこから3分ほど、てんかん発作が続いたんです。

 

急いで救急車を呼び、病院に運び込まれました。てんかん発作はおさまってしまえば処置は不要なので、症状が落ち着くのを待ってからペーパードライバーだった私が、必死で首都高を運転して帰りました。本当に怖かったです。ただ、30代で初めてのてんかん発作は珍しいため、まずは東京に戻り、検査をすることを勧められました。翌日に近隣の総合病院を受診して、脳波検査とCTなどを撮った結果、素人目にもハッキリとわかる腫瘍が2つありました。

 

── 東京で手術したとのことですが、当時の様子はいかがでしたか?

 

梅野さん:脳は複雑な組織のため、腫瘍の位置や形などによって影響が変わります。腫瘍摘出をしすぎれば、身体への影響が大きく、控えめにすれば再発の可能性があがる、難しいものです。手術前の医師の説明では、視野が欠損し下のほうが見えなくなるかもしれないこと、記憶への影響、一過性の片まひやてんかん発作が起こる可能性があることも伝えられました。2003年3月〜8月の間に3回、各10時間を超える手術を受けています。

 

手術後には脳出血も起こし、輸血をしたり、意識混濁も激しく、緊張した日々でした。無事に一般病棟に戻れたころには、ぼんやりしているくらいで大きな変化はなかったのですが、振り返ってみたら、入院中から気になる部分がありました。たとえば、無気力さが目立ち、得意だった漢字が書けないこともわかりました。「リハビリを受けたほうがいいよ」と勧めると、「はいはい、やりゃいいんでしょ!」と、急に怒り出すこともありました。

 

言語化のリハビリ
入院中に受けた、絵を見て行動や状況を判断し言語化を行うリハビリの一部

ちょうど夫が手術後に入院している時期、タレントの西城秀樹さんも脳梗塞の手術をされていました。夫の脳腫瘍と西城さんの脳梗塞は異なる病気なので、後遺症なども違う症状が見られるかもしれません。でも、脳に損傷を受けたのは同じはずなのに、退院会見での西城さんの様子は、夫とはあまりにも異なっていたのも気になりました。