用をたすときは「多目的トイレ」しか使わない
── 谷さんが女装をはじめて今年で13年目。当初、日常生活で困ったことはありませんか?
谷さん:周囲に迷惑をかけてしまって申し訳なかった例なのですが…。女装をしはじめたころ、温泉旅館に行って男湯に入ろうとしたら、「女性が男湯に入ろうとしている」とほかのお客さんからクレームが出ました。でも、女湯にも入れない。そのときは旅館の方が気を利かせて、1時間だけ私ひとりだけ入れる時間を設けてくれて、利用させてもらいました。旅館の対応に大変感謝していますが、その後は事前に周到に準備・調査し、外出先でトラブルを起こさないように心がけています。
よくあるのはトイレの利用についてです。女装していても男性なので女性用トイレに入れませんし、かといって、男子トイレは女装姿だからまわりを驚かせてしまいます。そのため、男性用トイレ・女性用トイレはどちらも使わないようにしています。利用するのは、多目的トイレです。生活圏の多目的トイレがどこにあるかは頭に入っていますが、旅行や仕事などで知らない土地に行くときは、必ず事前に多目的トイレの場所を調べておきます。

女装をしていて困ることといえば、電車内の痴漢です。女装姿で電車に乗ると、身体に触れられたり、ストッキングを破られたりする痴漢被害にあうことがあります。以前は痴漢をされたら捕まえたりしていましたが、いまは咳払いすれば男性だと伝わるので、痴漢行為をする人が少ないです。
── それは大変でしたね。男性・女性両方の社会的立場を経験したからこそ気づいたことはありますか?
谷さん:私は今でも男性であることにかわりはないのですが、社会的には34歳まで男性の姿で生活し、現在はすべて女装姿で生活しているため、男女両方の事情がわかるのでは?と、よく相談を受けます。一概に「男だから」「女だから」と決めつけるのはよくありませんが、男性から寄せられる相談で多いのは「女性は外出する際に準備時間が長く、待たせすぎじゃないか?」です(笑)。
── うわー、耳が痛いです。でも、外出する際、お化粧して、いざというときを想定していろんな荷物をつめこんで…やることがいっぱいあるんです。
谷さん:まさにそのとおりです。男性に比べて、女性はやることが多く、準備する時間が必要なんです。身体の手入れ、お化粧、洋服選びと時間をとられますし、細かいことに気づきがちです。女装するようになり、女性の大変さが身にしみて理解できるようになりました。私が知らなかっただけで、目に見えない部分で、女性にはいろんなことが起きていて、つど対応しなければならないですよね。女装により男女両方の立場を経験して、それぞれの事情に思いをはせて行動できるようになったのは、大きな変化です。
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現在は2児の父として育児にも奮闘する谷さん。パートナーは女性モデルの仕事を始めてから出会った方とのこと。自分の仕事であり、アイデンティティだった女装を含め、谷さんを好きだと言ってくれたのが何よりうれしかったそうです。そこまで思い入れがある女装ですが、小学生の娘たちが将来もし嫌がったら、そのときはキッパリ辞める覚悟だそう。「家族の同意を得られないまま続ける意味はないですから」と話してくれました。
PROFILE 谷 琢磨さん
たに・たくま。1977年生まれ、東京都出身。ロックバンド『実験台モルモット』ボーカル。モデル、タレント、イラストレーターとして活動。小1・小3女児を育てる父親。
取材・文/岡本聡子 写真提供/谷 琢磨