登録者数約47万人の「詐欺メイク」YouTuber「足の裏から人間になるには」(通称・足の裏)さん(33)。幼少期は貧困家庭で育ち、電気やガスが止められてしまうこともたびたびあったそう。それでも明るく、自身はネグレクトだと気づいていなかったという足の裏さんに、当時何が支えになっていたのか伺いました。(全3回中の1回)
ガムテープだらけの団地で異常と気づかず暮らした幼少期
── 幼少期は貧困家庭で育ったとお伺いしました。当時はどんな暮らしぶりだったのでしょうか。
足の裏さん:狭い団地に住んでいたんですけど、家じゅうにものがたくさんあって、1枚の布団の上しか足の踏み場がないような状態でした。その上で食事をしたり、寝たりしていて。その布団も破れた箇所にガムテープを貼ってるので、家じゅうガムテープだらけでした。今思えばすごく汚いんですが、当時はそれが異常なのかもわからないままで育っていました。

── 過酷な環境でしたね…。ご飯は食べられていたんでしょうか?
足の裏さん:おもに菓子パンやインスタント麺を食べていました。折りたたみの小さいテーブルを出して、布団の上で食べていたんですが、そのテーブルも足が1本折れていて、そこをガムテープで止めていて。ときどき足がぶつかってお味噌汁がこぼれてしまうこともありました。
生活保護はいただいていたんですが、母はお金の使い方があまり上手ではなく、月初にほとんど使ってしまっていたんです。いつも光熱費や家賃を滞納していて、しょっちゅうガスや水道、電気が止まっていました。
── お母さんに注意したり、ケンカになったりすることはなかったのでしょうか。
足の裏さん:中学生になると私自身「うちって、おかしいんじゃないか」と気づいて、母とケンカすることが増えていきます。でも、小学校のときは友人の家に行く機会が多くなくて。たまに行ったとしても「すごい豪邸だな」って思っていたので、「うちが変なんだ」と気づくのには少し時間がかかりましたね。
── 今のようにSNSで他人の家庭環境が垣間見られる時代ではなかったですし、比較しにくいですよね。
足の裏さん:そうですね。小学校の高学年になると、母が私の服に興味を持ち始めた時期があったので、服だけは買ってもらえるようになったんですが、それまでは半年間毎日同じ服を着ているような生活でした。同級生からは「クサい」「何で同じ服しか着てないの」と言われたりすることも。でも「服は1着しかないもの」という認識で私は生活をしていたので、「もうすぐ新しい服買ってもらえると思う」とか言いながら普通に過ごしてましたね。