父の容態が急変したと電話がきて

愛原実花
父・つかこうへいさんが愛した紀伊國屋ホールの除幕式

── お父さんのつかこうへいさんが亡くなられたのは2010年でした。危篤の知らせを受けたのは、自身の宝塚退団公演の稽古中だったそうですね。

 

愛原さん:亡くなる1か月前に「父の容体が急変した」と電話がありました。許可をもらって父が入院する東京の病院に向かったのですが、途中で父から電話が入り「稽古に戻りなさい」と。かなり具合が悪い様子で、元気はありませんでしたが、その声に有無を言わせない気迫を感じ「この言葉には従わないといけない」と察しました。

 

父のもとに飛んでいきたい気持ちをこらえ、名古屋で下車。ひとしきり泣いた後、稽古に戻りました。

 

── その後、お父さんとは…。

 

愛原さん:退団公演の幕が上がる10分前に父が亡くなったと聞きました。もちろんすごくつらかったですが、舞台をまっとうしなくてはという思いが強く、不思議と涙は出ませんでした。

 

実は、名古屋で下車して大阪に戻るとき「もう父には会えないかもしれない」という予感がしていました。それでも稽古に戻ったのは「役者というものは、親の死に目に会えなくても舞台をやりきるものなんだ」という父のメッセージを受け止め、役者として生きる覚悟が生まれたからです。自分のなかで、プロとしてのスイッチが入った瞬間でした。

 

どんな状況でも冷静に受け止めて、常に俯瞰で見る自分もいないといけない。退団公演中である私が、少しでも揺れる姿を見せては、稽古場全体の雰囲気がおかしくなる。気丈に振る舞わなくてはいけないと思いました。

 

── お父さんが、最期に残した渾身の教えだったのですね。

 

愛原さん:そうだと思います。父はもういませんが、いつも見守ってくれていると思っていますし、その存在を常に感じています。

 

 

現在はミュージカル『アニー』で活躍する愛原さん。第1子を出産後、仕事復帰となる初舞台だそう。芝居のなかで「ママ〜」と子役が泣くシーンがあるそうですが、妙に感情移入してしまい、毎回号泣してしまうそうです。

 

PROFILE 愛原実花さん 

あいはら・みか。1985年東京都生まれ。2002年宝塚音楽学校へ入学。2009年に雪組トップ娘役に就任。2010年宝塚歌劇団を退団。以降、舞台やミュージカルを中心に活躍している。現在、丸美屋食品ミュージカル『アニー』に出演中。

 

取材・文/西尾英子 写真提供/愛原実花