先天性の病を抱え、悩みながらも「笑わせる側になりたい」と芸人デビューを果たしたほしのディスコさん。あいなぷぅさんと結成した男女コンビ・パーパーは「男性が女性に虐げられる」ネタで人気を博しました。ただ、あいなぷぅさんとの関係は良好とは言えないようで──。(全4回中の3回)
根暗なまま芸人に…売れっ子同期は「同期とも思ってない」
── 口唇口蓋裂という先天性の病気で人から見た目を笑われていた幼少期を経て、笑わせる側になろうと芸人を目指し、見事その夢を叶えたほしのさん。はじめに所属したのは吉本興業でした。
ほしのさん:そうですね。東京NSC15期でデビューしました。ただ、高校時代からの根暗な性格を引きずったままだったので、NSC在学中から同期とはあまり仲よくなれなくて…。

── 同期といえば、ニューヨークや横澤夏子さんなど、早くから活躍した「売れっ子」が多いと思います。当時、彼らを見てどのように感じていましたか?
ほしのさん:もはや次元が違うと思っていて、「こういう人が売れていくんだろうな」っていう感じ。あまりにもレベルが上すぎたので「同期」とも思っていませんでした。
劇場の出番が一緒でも「どうせ僕のことなんか知らないだろうな」と思って、基本的に僕は1人でポツンといて、すれ違ったら後輩のフリをして挨拶をしたり、敬語で話してみたり(笑)。たとえば、鬼越(トマホーク)の金ちゃんのことも、そう呼べるようになったのは最近で、ずっと「金野さん」と呼んでいました。
──「同期だろ!」とツッコまれたりしませんでしたか(笑)。
ほしのさん:言われます。言われるんですけど、もう直せないんですよね。今でも対等になれたとは思っていないですし…(笑)。

── 当時、ほしのさんは「カーディガン」というコンビで活動していたそうですね。
ほしのさん:はい。2年目にコンビを結成しました。でも、自分的にはあんまりいい思い出がないというか…。相方がけっこう人気があって、そのおかげでライブを見に来てくれる人はいたんですが、お客さんが出待ちをしてくれても、相方としか話さない人ばかり(笑)。まぁ、自分はこういう見た目だし、「そりゃそうか、しょうがない」みたいな。「売れるまでは我慢するしかない」という気持ちでした。
結局、相方が急に芸人を辞めると言い出したのでコンビを解散することになり、そのタイミングで僕も吉本を辞めました。本当は吉本で続けたい気持ちもあったんですけど、同期に友だちもいなかったので、新たにコンビは組めないと思って、「別の事務所で再出発しよう」と。
── では、キラキラした同期ばかりでなければ、今でも吉本にいたかもしれない?
ほしのさん:そうかもしれないです(笑)。やっぱり、同期があれだけ活躍していると、「絶対勝てないじゃん!」と思ってしまうので…。
あいなぷぅとコンビ結成「当時は頼もしく思われてたみたい」
── あいなぷぅさんと2014年に結成した現在のコンビ「パーパー」は、ほしのさんから誘ったそうですね。
ほしのさん:はい。もともと、男性とコンビを組みたいと思って、今所属しているマセキ芸能社のスクールにも入ったんですけど、なかなかうまくいかなくて。同期の中に女子が2人だけいて、お試しのつもりで男女コンビをやってみようと思って、あいなぷぅに声をかけました。

── その結果、すんなり結成できましたか?
ほしのさん:そうですね、意外と。僕は一応「吉本でやってました」と「先輩」みたいな感じで、逆にあいなぷぅはお笑いを何も知らない状態だったので、当時は頼もしく思ってもらえたみたいです。即答で「はい、お願いします」と組むことになりました。
── それから、キングオブコントで2016年に準決勝、2017年には決勝に進出するなど、比較的すぐに結果が出ていますよね。
ほしのさん:はい。男女コンビを組もうと思ったときに、男性が女性に虐げられるという今のパーパーがやっているシステムを早い段階で作ることができて、それがハマった感じですね。
── 吉本時代とは、手応えや結果が出る早さもかなり違ったと思いますが、当時どのような気持ちでしたか?
ほしのさん:うーん、どうですかね。吉本の時代に、もがいてもがいてコントや漫才をたくさんやってきたからこそ、ようやく何かが掴めたって感じだったので、やってきたことは無駄ではなかったと思います。でも「吉本のときにこれがやれてたらな」と思う部分も少しありましたね。