「余命は単なるデータ」怖さより希望をつなげたい
── そして迎えた本番。手ごたえは?
竿下さん:「ブラボー」と拍手が鳴りやみませんでした。 声の質や経験など、大人と子どもがそれぞれ得意な部分で補い合い、音楽を通してひとつになれたんです。ふだんは子どもの声を聞くことのないオーケストラ団員も、未来へ伝えようとエネルギーがわいたと言います。子どもたちは「あんなに長い間拍手をしてもらったのは初めて」、「第九ロスになりそう」と、感激していました。

── 2023年初めに余命1年半と知らされてから、2年がたちました。気がつけば、余命を超えていますね。
竿下さん:私、もともと死ぬのが怖いとは、本当に思っていないんです。本来、人はいつ死ぬかわかりません。余命宣告により、その時期が明確になっただけです。余命はあくまでデータでしかありません。新しいがん治療薬も開発されていますから、私が5年生存率のパーセンテージを少しでも上げる例になれればと考えています。次に同じ病気になる人の希望になりたいですね。
── これからも抗がん剤を続けながら活動していくんですね。
竿下さん:手術でがんを摘出すれば、ステージは下げられるかもしれませんが、抗がん剤では現状を維持するしかありません。火事の消火と似ていて、燃え盛る炎を消火してほかに燃え広がらないようにしている状態です。抗がん剤を打ってがんを消火するけど、たりなければ火種は残ったままなので、量や種類を加減するイメージでしょうか。
── 現在はどのような心境ですか?
竿下さん:いまは「自分の生きた証」を残すのに必死ですね。いまを大事に、できることを一生懸命やって、音楽活動やがんと向き合う生活を発信していきたいです。それで命が尽きたら寿命かなと思うので、後悔しないように生きていきたいです。欲を言えば、娘の成長や未来の家族にも会いたいですが、それが実現できたらラッキー、くらいの気持ちです。
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がんになると家族は患者中心の生活に向き合うことになります。「それはちょっと違う」とステージ4の肺腺がんにかかった竿下和美さんは言います。家族がそれぞれの人生を歩むための彼女のメッセージは力強いものでした。
PROFILE 竿下和美さん
さおした・かずみ。京都市立芸術大学音楽学部ピアノ専修卒業。在学中から定期演奏会、学外コンサートなどに選抜出演。ピアノ教育連盟オーディション全国大会出場、堺ピアノコンクール、フランス音楽コンクール奨励賞、京都ピアノコンクール第2位、長江杯国際音楽コンクール第1位など受賞。サックス&ピアノユニット「ティーモ」として活躍。平安女学院大学非常勤講師。日本クラシック音楽コンクール本選審査員。NPO法人京田辺音楽家協会理事長。
取材・文/岡本聡子 写真提供/竿下和美