ステージ4の肺腺がんで闘病中のピアニスト・竿下和美さん。突如、余命1年半を告げられたことで、長年の夢だった「3世代第九コンサート」の実現に動き出します。(全2回中の2回)

手術できない状態を「ピアノが弾ける」と安堵

──ステージ4の肺腺がんで、1年半の余命宣告を受けた竿下和美さん。闘病しながら、ピアニスト、京田辺音楽家協会(NPO法人)理事長として活動を続けています。2年前にがんと診断されたそうですね。

 

余命の日より未来に設定した「夢のコンサート」が開幕された日の1枚

竿下さん:コロナ禍で音楽家の活動の場を守ろうと2020年にNPO法人を立ち上げ、市民向けコンサートを企画してきました。2023年の年初、あるコンサート準備中に咳が止まらず、精密検査の結果、ステージ4の肺腺がんだと診断されたんです。ショックというより、精神的にも肉体的にも「ムリしてきたからしかたない」という心境でした。コロナ禍でのコンサート開催は工夫の連続。野外開催、出演者全員の陰性証明、感染に関連があると言われていた二酸化炭素濃度をリアル表示するなど、逆風のなか、必死でした。

 

── 音楽家がみずからの存在価値を見失いかねない、大変な時期でした。治療はどのように?

 

竿下さん:手術できない段階だったので、抗がん剤治療をすぐに始めました。手術できないと聞くと落胆する人がいるかもしれませんが、私は「手術したら体力が落ちて、ピアノを弾けなくなるかもしれない。でも、抗がん剤なら副作用でつらい思いをしても、副作用が落ち着けばまた演奏できる」と、逆に安心したんです。

 

実際、抗がん剤の副作用はそれほどではありませんでした。ふだんの抗がん剤治療は通院で行い、新しい抗がん剤に変えるときだけ10日間入院します。でも、その入院中も病室で仕事ばかりしている私を見た医師が、入院期間を6日間に縮めてくれたことも。体力は落ちましたが、ほかの臓器への転移はなく、休みをしっかりとりながら活動を続けています。

残された時間を知って「夢を叶えよう」と行動

── 余命1年半と聞いて、やっておきたいことなどは?

 

竿下さん:残された時間で長年の夢だった、オーケストラとともにベートーベンの交響曲第9番(第九)をドイツ語で歌う、3世代の第九(合唱)コンサートを開催しようと思いました。じつは、多くの第九コンサートは経験者向けであり、初心者にはハードルが高いものになっているんです。でも、音楽は一部の人のためのものではないので、もっと広く楽しんでもらいたいと企画を温めていました。思いを同じくするNPO法人の仲間と一緒に企画し、メンバーを募集して、最終的には8割が初心者や子どもが占めました。

 

── 余命は2024年8月までと宣告されていましたが、2024年12月に3世代第九コンサートを開催されます。闘病しながらの準備はさぞ大変だったと思います。印象に残る参加者はいますか?

 

竿下さん:私が闘病中だということを知って、病気で長く家に閉じこもっていた方が参加してくれました。人前で何かをする機会がなかったけれど、これを機に出てみたいと決意してくださったそうです。発達障害をお持ちの中学生が、ご両親と参加してくれたのも印象的です。いつもは両親につき添ってもらうことが多いそうですが、今回は逆に、ご両親が息子さんと歌いたくなって参加したことが本人もうれしかったそうです。

 

竿下和美
「音楽を多くの人に届けたい」と各地で演奏

── ふだん、なかなか合唱に参加しづらい人たちも参加したのですね。大変だったことはありますか?

 

竿下さん:一部の大人から「子どもたちが歌えていない」と指摘があったので、大人に企画目的をていねいに説明すると同時に、子どもたちには特別レッスンをしました。予算の都合で追加レッスンはすべて私が担当したので、半年間、毎週末に第九をやっていました。楽譜を読めない子もいましたが、楽譜を読めなくても音の上下やメロディーが感覚的に理解できる専用の第九アプリを作ってくれた人がいたので、楽しく乗りきれました。

 

本当に大変でしたが、今回、初心者や子ども向けの指導マニュアルができたので、もし私がいなくなっても、3世代第九コンサートは今後も続けられると思います。ちょっとムリして一気に夢を実現してしまいましたが、結果としてよかったです。