今まで、いわば「先生のサービス残業」で成り立ってきた学校の部活動。近年、これを地域に展開する動きが広がっています。教職員への負担への危惧から、女性の教職員離れも深刻に。こうした教育現場の問題が及ぼす子どもたちへの影響に警鐘を鳴らすのは、学校のリスク問題に詳しい名古屋大学大学院の内田良教授です。詳しくお話を伺いました。

学校主体だった部活動の指導・運営を地域へ

── 部活動について、現在、最も課題だと感じていることを教えてください。

 

内田教授:現在、学校が主体だった部活動の指導を地域に移行する「地域展開」が推進されています。2023年度から2025年度までの3年間を「改革推進期間」として、公立中学校を中心に、休日のスポーツの部活動を地域に移行する取り組みが行われています。

 

しかし、部活動の大きな課題は、もともと運営にかける予算が立てられてこなかったこと。つまり、人件費などのお金がないのです。では、これまでどうして成り立っていたかというと、教員が平日の夕方や土日も「タダ働き」状態で担う体制が続いていたのです。

 

内田良教授
「部活動=タダ」という考えがそもそもおかしいと語る内田教授

学校は資金も人材も大幅に不足しているなかで改革を迫られている状態で、「地域展開」は、教員が「タダ働き」で維持してきた部活動をそのまま地域に移行しようという動きになってしまっています。最低限の人件費すら確保できていない部活動の運営に「はい、引き受けます」と手を挙げる人が簡単に見つかるわけがなく、難易度の高い課題と言わざるを得ません。

 

教員が担ってきた部活動の「タダ働き」は、労働の対価が支払われにくい無償労働「シャドウワーク」に値します。というのも、学校の授業は国の学習指導要領に基づいて必ず計画・実施されることになっていますが、部活動はその対象に入っていません。なぜなら、部活動の設置や運営は自主的なもの、つまり趣味のようなものと位置づけられているからです。

 

たとえば、大学の教員養成課程では部活動に関する授業は基本的には設けられていません。趣味を大学教員が教える必要性がないからです。こうして経験のない素人の教員が顧問として部活動を指導せざるを得ない事態が起きています。授業を土日に授業を行うと問題になりますが、部活動は自主的な活動だから特に制限がない状態。その結果、土日や夏休みなどの長期休暇であっても練習が行われるなど、過熱した練習環境が生まれがちになるのです。

 

── 部活動は、教員が負担を全部背負っていたから成り立っていたんですね。

 

内田教授:そうです。教員たちの「タダ働き」が支えてきたことを、学校がさっさと手放せば済む話でもないので、慎重に議論することが必須です。

 

というのは、子どものために無償で働く「シャドウワーク」の主な担い手は、日本では長年、母親でした。つまり、部活動の地域展開が進むと、その母親たちにますますシワ寄せがいく。部活動を支える役割として子どもの送迎など必然的に家庭の負荷が高まり、母親の負担が増える恐れがあります。教員の長時間労働がそのまま母親の過重負担に移り替わってしまう、そんな状態は意味がありません。

 

今後できるだけ部活動を制度化できるよう働きかけていくことが必要だと思っていますが、これは予算が絡む問題です。「シャドウワーク」に対価が支払われることになると、当然教育界では運営が困難になってきます。ですから、各市町村の教育委員会、教育界を超えて、文部科学省など国がどこまで介入し予算を組むのかを含め、社会全体で取り組む必要があると思います。そのためには、長年、教員の「タダ働き」につながってしまっていた、「部活での指導は無料でやってもらう」という考え方を変え、「子どもの放課後の活動をどう担っていけばいいのか」という方向に課題を転換させる必要があります。

 

その際、地域で部活動を引き受ける団体などに対して、国や自治体が予算措置すべきでしょう。子どものために公的かつ社会的な立場で関わる指導者に対価を支払い、それに見合った責任を前向きに果たせる教育環境をつくるのです。

 

── お恥ずかしながら、部活動に関わる人件費のことなど考えたことがありませんでした。部活動も大切な教育だと考えると、先生や指導者などの労働に対して対価を支払うことは当然のように感じます。

 

内田教授:保護者向けの講演会で、よく見てもらうのが、私が2021年に中学校の教員に対して行ったウェブ調査のデータなのですが、当時、調査に協力した教員全体の8割が「地域展開」に賛成だと答えていました。特筆すべきは、教員の小学6年生以下の子どもが2人以上いる教員の98%が「地域展開」に賛成していたことです。

 

この数字から見えてくるのは、「教員だって保護者だよね」ということ。みんな同じ人間で親であり、平日は労働者なんです。ところが、教員だけ「タダ働き」が当然のことのように思われるという不可解な状況が続いています。同じ親や労働者として、「先生も私たちと同じ」だと考えることができれば、みんながお互いの負担を考えながら、一緒に歩めるようになると思うのです。そうして次の社会をつくり出せるような議論が必要だと思っています。

 

── どうすれば議論は広がっていくのでしょう。

 

内田教授:今回のように、保護者世代が多く読むメディアが取り上げてくれることもその一助になります。最近、時代が確実に変わってきていると実感しているんですよ。というのも、これまで私への講演依頼は、教員の組合や教育委員会など教育関係者からのものがほとんどでしたが、この1年間でPTAや保護者からの講演依頼が増えたんです。

 

これは、多くの保護者が「今の状態がこのまま続くのは、子どもの教育のためにはよくない」と危機感を抱くようになったからだと思います。いま、教員不足が深刻化し、全国の学校で、教員が教壇にいないという事態が起きてしまっています。結果的に、自分たちの子どもの教育が損なわれる。そのなかで、「教員不足は、私たち全体の問題なんだ」と考える保護者が多くなっています。部活動や教員不足など、学校の問題について、学校教育の外に議論が広がっていくことが何よりも大事な解決策になると思っています。