27歳で父を介護することになったハリー杉山さん。当時は周囲に介護を経験した人もいなくて、手さぐり状態だったといいます。「もし知識があったら、苦しい思いをせずに済んだかもしれない」。講演会やメディアを通じて、積極的に情報発信をする今があります。(全5回中の3回)

「何も知らないと準備もできない」介護の現実

幼少期のハリー杉山さんとお父様
幼いころのハリーさんとダンディな父とのツーショット

── ハリーさんは、お父様の介護経験や認知症に関する知識をテレビやラジオ、講演会などで広く発信しているそうですね。

 

ハリーさん:身近な人が認知症と向き合うことになったとき、何も知らない状態だと心の準備もできないし、どんな接し方をしたらいいかもわかりません。父が認知症と診断されたとき、僕は知識がなさすぎました。どう接したらいいかも、どんな介護サービスがあるのかも知りませんでした。当時27歳だった僕にとって介護は遠い話でした。

 

両親とも老後のライフプランについて、まったく話し合えていませんでした。だから、認知症と向き合うことになった父が肺炎になって病院に運ばれたとき、延命措置をどうするかもすごく悩んだんです。もっと前から、しっかりと意思を確認できていたら、迷わずにさまざまな選択ができただろうと思います。こうした経験から、介護が自分ごととなったとき、知っておいたほうがいい予備知識はたくさんあると痛感しています。僕の経験が少しでも誰かの役に立てばと思い、積極的に発信しています。まったく認知症に関する知識がなかった僕は、父に対して誤った接し方をしてしまいました。

パーキンソン病も患った父「理解するには学ぶしかない」

── 誤った接し方とはどんなことでしょうか?

 

ハリーさん:わからないことが増えていく父に対し、怒ってしまったんです。認知症と向き合う人は、とまどいながら日々を過ごしています。混乱のさなかにいる人に対し、「何やっているの!?」など、大声を出したりすると追いつめてしまう。本当に誤った接し方をしていたと思います。認知症と向き合う人とのコミュニケーションは、ゆっくりと聞きやすい声で話すことが基本です。僕だって、いきなり誰かに大声で怒鳴られたらびっくりします。それと一緒です。

 

ハリー杉山さんと晩年のお父様

もちろん日々、介護をしていると、もどかしさを感じることも少なくありません。何度も同じことを言われると「さっきも教えたのに…」と感じる場合もあるはずです。そういうときは、一度深呼吸をして、気持ちを落ち着かせることが大事。知識を持っているかどうかで、接し方は大きく変わると思います。こうした知識を得たのは、最近「ユマニチュード」というケア技法について学んだからです。これは、認知症を正しく学び、認知症と向き合う人に優しく接するコミュニケーション技術です。話し方や信頼関係の築き方など、10年前にこの技法を知っていれば、僕の人生はもっといいほうに変わっていただろうと思います。

 

── ご自身で介護を経験したからこそ、コミュニケーション技術の大切さを感じたのですね。

 

ハリーさん:介護している最中は無我夢中で全力でした。当時できることは、すべてやり遂げた思いはあります。晩年の父は忘れていることが多かったけれど、ときどき僕のことを思い出してくれました。親子としてふれ合う時間はかけがえがないもので、これまでより深い話ができた喜びもあります。だからこそ、なおさら当時を振り返って「あのときこうしておいたらよかったな」と、思うことはあります。

 

いま、福岡市の介護に関するテレビ番組に出演しています。福岡市には、認知症に関する取り組みや知見を発信する「認知症フレンドリーセンター」という施設があります。認知症と向き合う方にとって、世界がどのように見えているかをARで体験することができる施設です。当時、父は歩くとき、足を前に踏み出すのをためらうことがあって不思議に思っていたんです。ARで体験してみると、足元に黒い穴が開いているように見えました。そんな状況では「足を前に出すのが怖かっただろうな」と、父の気持ちが理解できました。