先の保証がまったくない不安

伊藤かずえさんお手製のお弁当
高校生だった娘さんに作っていたおでん弁当

──『ヤヌスの鏡』といえば、杉浦幸さん主演の人気ドラマでした。

 

伊藤さん:宮脇明子さんの漫画が原作なのですが、もともと作品の大ファンだったんです。主人公は優等生と不良少女という二重人格の設定。陰と陽のまったく違うキャラを演じわけてみたい!と心が躍りました。そこで、プロデューサーに「この作品、大映ドラマにぴったりだと思うんです。ぜひ私にやらせてください!」と、『ヤヌスの鏡』の漫画本を渡して、企画を直談判しました。でも、作品を読んだプロデューサーから、「この企画、俺にくれないか?かずえに合った作品を用意しているから」といただいたのが、『ポニーテールはふり向かない』でした。

 

──『ヤヌスの鏡』のドラマ化が、伊藤さんの提案だったとは!

 

伊藤さん:あのとき、いくらかもらっておけばよかった(笑)。まあ、それは冗談ですが、どうしてもやりたい役だったので、すごくショックでしたね。あの作品をやっていれば、演技力ももっと身についたんじゃないかなと。結局、杉浦幸ちゃんが演じてヒットしたのでよかったのですが、やっぱりちょっと悔しかったです。

 

── 19歳で念願のドラマ初主演。仕事への向き合い方や心境に変化はありましたか?

 

伊藤さん:子役時代からずっとエキストラをやってきて、ようやく主役を掴むことができたので、すごく嬉しかったですね。エキストラのころは、嫌な扱いもたくさん受けました。あるベテラン俳優さんから、「エキストラなんかに弁当を食わせるな!」と言われたことも。そんな悔しい思いもエネルギーに変えてきました。

 

ただ、実際に主役をやってみて感じたのは、「演じることに関しては、主役も脇役もあまり関係ないんだな」ということ。それ以来、役にこだわる気持ちがなくなりましたね。ですが、大きな夢がひとつ叶ったことで、目標を見失い、急に先のことが不安になってしまったんです。この世界は、いつ仕事がなくなるかわからないし、先の保障なんてまったくない。そこで、手に職をつけようと、通信教育でパタンナーの勉強をして技術を身につけました。洋服が作れるようになったことで、「いざとなれば、自宅で内職くらいはできそうだな」と自信につながりました。気持ちに余裕が生まれたことで、再び役者の仕事に専念できるようになったんです。

 

PROFILE 伊藤かずえさん

いとう・かずえ。1966年、神奈川県生まれ。1978年デビュー。85年に大映ドラマ『ポニーテールはふり向かない』(TBS系)で初主演。そのほか『不良少女とよばれて』『スクール☆ウォーズ』など、数々の大映ドラマに出演。その後も『ナースのお仕事』をはじめ数々の人気作品に出演。2022年には自身のYouTubeチャンネル『やっちゃえ伊藤かずえ』を開設。

 

取材・文/西尾英子 写真提供/伊藤かずえ