さまざまな食材を使ったテリーヌチョコレートが人気の「久遠チョコレート」。障がいのある人たちが全従業員の6割を占め、健常者と同じ水準の収入を得ていることで注目されています。代表の夏目浩次さんに創業時の思いを聞きました。(全2回中の1回)
「障がい者も稼げるビジネスをやろう」と
── 障がいのある人を雇用するお店を始めたきっかけを教えてください。
夏目さん:きっかけは、ヤマト運輸の創業者である小倉昌男さんの著書『小倉昌男の福祉革命 障害者「月給1万円」からの脱出』(小学館)を読んだことです。当時、ぼくは大学院で駅空間のバリアフリーを専攻していたので、車いすの人や身体障がいがある人のことは理解していたつもりでした。でも、障がい者が働ける場所が極めて限られていて、平均所得が(当時)月額1万円に満たないということは知らなくて、びっくりしました。
収入が多いからいい、少ないからダメということではないんです。問題は、選択肢がないことです。大学受験も就職活動も、うまくいく、いかないは別にして、人には選択肢がたくさんあるはずじゃないですか。なのに障がいがあるというだけで、いきなり選択肢がなくなってしまう。当時は措置制度というものがあって、障がい者が通う施設を役所が決めていたんですよね。自分の生き方を、誰かに決められてしまう。「同じ人間なのに、なんで?この国は豊かな先進国じゃなかったのかな」と疑問を持ちました。
障がい者が働く支援事業所を回ってみたら、「月に1万円払えればいい」というところばかりでした。それを批判するつもりはありません。みなさんに「それでもしかたがない」と言わせてしまう社会構造があるのだと思います。でも「しかたがない」で済ませていたら、その先の成長や発展はない。「福祉が悪い」とか「教育が悪い」とか、人はつい誰かや何かのせいにしたがるんですけど、これはぼくたちみんなが作り出した現状です。
そんなことが積み重なって、小さなスイッチがパパパパパっと押されて、「障がい者も稼げるビジネスをやろう」と、気がついたら大学院を辞めて、パン屋を開業していました。2003年のことです。
── スタッフは何人雇用されたのですか。
夏目さん:知的障がいがある3人を含めて5人です。スタッフの給料は最低賃金を保証していましたが、僕と、会社勤めをしながら手伝ってくれていた妻は無給でした。30万円ほどの貯金はあっという間になくなって、7社からカードローンを借りました。店を構えたのが地元・豊橋市の商店街で、いろんなお店の人にも助けてもらいました。おかずをわけてもらったり、お昼を食べさせてもらったり。スーパーで100円で売っているミートボールを毎日のように食べていたので、今でも味を思い出せます。
── 経営的には、かなり厳しかったのですね。
夏目さん:パン作りは、総菜パン、菓子パン、ハード系のパン、それぞれにオペレーションが違います。小さい厨房の中で、あれをやりながらこれをやるというマルチタスクをこなして、どこかの工程で失敗すれば廃棄しないといけない。それが大変でした。ぼくも含めて、ほとんどのスタッフはパン作りの経験がなかったし、マルチタスクが苦手なスタッフが多かったので。しかもパンは販売価格が安い。全然、商売にならないというのが現実でしたね。
パン屋を始めたころに結婚したんですけど、結婚式は挙げられなくて。親が見かねて、市内のホテルの日本料理屋で結納らしい場を設けて、指輪も用意してくれました。妻は、ぼくが言うことに「ノー」と言わずについてきてくれました。いつか結婚式をやらないとな、とはいまでも思っているんですけどね。
「温めて溶かせばやり直せる」チョコレート作りで一流ブランドを目指す
── そこからなぜチョコレートを作るようになったのですか?
夏目さん:パン屋経営のヒントがほしくて参加した異業種交流会で、ショコラティエの野口和男さんを紹介してもらったことがきっかけです。
パン屋の経営が思うようにいかなくて、「障がいのある人を置き去りにしていかないと、生産性は上がらないのだろうか」と悶々としていたところに野口さんと出会って、工房を見せてもらったんです。野口さんの工房では、チョコレート作りの工程が細分化、かつ単純作業化されています。それぞれの持ち場では、外国人をはじめとするさまざまな人が仕事をしている。しかもチョコレートの品質が高くて、高級ブランドのチョコレートも受注しています。
チョコレートは、パンにくらべると商品として単価が高いし、保存がききます。しかも、一度固まっても温度を上げて溶かせば、何度でもやり直すことができる。パンや料理は、「食材の時間軸」に人が合わせる必要がありますけど、チョコレートは「人の時間軸」に合わせてくれる。その点でもチョコレート作りは、障がい者が働く場として適しているんです。
──「久遠チョコレート」のスタートですね。
夏目さん:2013年、小さい工房を借りて、障がいのあるスタッフとチョコレート作りを始めました。最初は野口さんから仕事を回してもらいました。1年ほどたったころ、京都で障がい者の就労支援事業をするNPO法人に声をかけてもらって、京都市内の商店街にチョコレート店をオープンすることになったんです。このとき、「久遠(くおん)チョコレート」というブランド名を決めました。久遠チョコレートの主力商品のテリーヌチョコレートも、このときに考案しました。今は150種類以上のフレーバーがありますが、当初は6種類からスタートしました。
2014年12月にオープンしたこの店が、久遠チョコレートのフランチャイズ1号店です。2016年に豊橋市に本店をオープンさせて、今は全国に40店舗60拠点を展開しています。
── 障がいのあるスタッフはどれくらいいらっしゃるのですか。
夏目さん:736人の従業員のうち、438人が障がい者手帳を保有しています(2024年8月現在)。障がい者だけではなくて、子育て中や介護中、病気などでフルタイムでは働けない人たちが、いろいろな働き方をしています。
── 久遠チョコレートは、見た目の美しさも印象的です。
夏目さん:ぼくらは、一流のチョコレートブランドを目指していきたいと思っています。「障がいのある人が作っているから買おう」だけではなくて、「おいしいから食べたい」「きれいだからプレゼントしたい」と思ってもらえるものを作りたい。ワクワクして手に取ってもらえるように、美しいデザインにこだわることは、お菓子のブランドがあたりまえにやることだと思っています。
PROFILE 夏目浩次さん
なつめ・ひろつぐ。「久遠チョコレート」代表。「第2回ジャパンSDGsアワード」で内閣官房長官賞を受賞。著書に『温めれば何度だってやり直せる チョコレートが変える「働く」と「稼ぐ」の未来』(講談社)。
取材・文/林優子 写真提供/夏目浩次