小学受験や中学受験は親子にとってどんな意味があるのでしょうか。『新世紀エヴァンゲリオン』のアスカ役などを務める声優・宮村優子さんが自身の体験を通じて得たものとは?親子ともにたくさんの成長のきっかけがあったそうです。(全4回中の4回)
「苦手な九九を教えてもらおう」が塾通いのきっかけ
宮村さん:きっかけは塾に行かせたことです。息子は掛け算の九九が苦手で。九九は自分で覚えないといけない部分だと思います。ところが、うちの息子はオーストラリアで育ったから、漢字の読みが苦手なんです。たとえば「4」が「よん」とか「し」になるなど、場合によって数字の読み方が変わるのがわからなかったようです。だから、私が教えるよりも塾に通って、講師に上手に教えてもらったほうがいいだろうと思いました。
たまたま行った塾が中学受験専門の塾でした。私は「受験をしない子のクラスもあるだろう」と軽く考えていたのですが、全員、中学受験をすることがわかって…。塾に通ううちに仲よくなった子がいたこともあり、「友だちと同じように自分も受験したい」と言うようになったんです。
── 宮村さんは中学受験をさせようと考えていたのですか?
宮村さん:まったく考えていませんでした。結果的に、中学受験は息子にひっぱられるかのようにして取り組むことになりました。塾の入ったビルにはそろばん塾もあったので通い始めたら、いつの間にか算数がすごく得意になったんです。息子はADHD(注意欠如・多動症)とASD(自閉スペクトラム症)と診断されています。だから、タスク管理が苦手だったり、自分の好きなことや興味のある特定のことは突き詰めるけれど、興味のないものは見向きもしなかったりする特性があるんです。そのせいで、興味のない国語はいっさい勉強しなくて。教科によって成績には大きな差がありました。
── 志望校はどのように決めましたか?
宮村さん:塾の先生は、みんなのやる気をかきたてるために「最難関校をめざせ!」と言うらしいんですよ。息子ものり気になって「トップ校をめざす」と言い出したんです。「あなたの成績ではムリだよ」とは言えないから、「頑張って」と応援していました。息子は算数が得意だったこともあり、運がよければなんとかトップ校の合格圏内に入れるかもしれない、というくらいにはなりました。
でも、トップ校の合格を狙う子たちは夏休みなどに選抜講習を受けるんです。それを受けるためにはテストで一定の点数をとらないといけません。その点数がとれていない時点で、本人も最難関校はムリだなとわかっていたと思います。あるとき、「僕にはあの学校はムリかもしれない」と、ぼそっと言っていました。息子の挫折感が伝わり「この子なりに頑張ってきたのになあ…」と、せつなくて涙が出てしまいました。その後、関西から東京に引っ越し、現実的な志望校を探して、無事に合格しました。
中学受験で得たのは「親は見守ること」だけ
── 無事に中学受験を終えて、宮村さんはどんなことを感じていますか?
宮村さん:現在息子が通っている学校が、すごく彼に合っているんですよ。息子も楽しそうだし、私も「この学校すごくいいじゃん!」という気持ちになっているところです。先生方はいろんな方法で「この科目は楽しいよ」と、うまく誘導してくれているようです。以前の息子は算数しか興味がなかったけれど、「あれっ、その教科いつのまに好きになったの?」と思うほど、ほかの教科の勉強を始めています。
学校では中間試験や期末試験のときも、生徒全員を講堂に集めて勉強方法を教えてくれるんです。テストに出る範囲をちゃんと理解して、ノートを見返して、プリントを整理するという基本的なことから指導してくれて助かっています。自分で作った勉強計画表を提出すると、先生がチェックしてくれるんです。ムリなく勉強できているか、計画通り進められているかなどを確認してくれるから、息子の特性である「タスク管理が苦手」や「好きなことしかやらない」面は、かなり緩和されたように思います。
── 中学受験に取り組んでみて、よかったですか?
宮村さん:よかったです。わが家は親が主導ではなく、息子の意志で中学受験をしました。小学生で自分からやりたいことを見つけ、真剣に取り組んだのはすばらしいことだと思います。とはいえ、子どもはなかなか勉強に取り組まないこともあります。その姿を見ていると、もどかしくて「自分から受験したいと言い出したんだから、もっと勉強しなさい」とうるさく口出しするなど、勉強させようとしたこともありました。でも、受験は自分との戦いでもあります。最後のほうは「親のできることは見守ることだけ」と、達観するようになりました。「子どもの意志を尊重し、自主性に任せる」ことを学ばせてもらい、親である私も成長できた気がします。
PROFILE 宮村優子さん
みやむら・ゆうこ。声優。兵庫県神戸市出身。1994年、『勇者警察ジェイデッカー』のレジーナ・アルジーン役で声優デビューを果たし、1995年に放送が始まった『新世紀エヴァンゲリオン』の惣流・アスカ・ラングレー役で大ブレイクする。『名探偵コナン』の遠山和葉役も担当。2009年からオーストラリアに移住。2016年に帰国後、声優として第一線で活躍しながら、講師として後進の育成にも務める。2児の母。
取材・文/齋田多恵 写真提供/宮村優子