8歳で芸能界入りし俳優として活躍した小橋賢児さん。東京パラリンピック閉会式の演出など、現在はイベントのプロデュース活動を続けながら、1児の父として息子と向き合っています。
「自分にも何かできるんじゃないか」と思ってもらえたら
── 現在の仕事内容について教えてください。
小橋さん:会社の代表と、クリエイティブディレクターとしてイベントのプロデュース活動を中心に、都市開発なども行っています。長期的な視野で町づくりや地方再生について考えているのですが、どんな仕事も基本的には企画、プランニング、設計をして実施していく形です。
── 小橋さんの手がけるイベントはメッセージ性が高いと評判です。仕事をするうえでのモットーはなんですか。
小橋さん:日常的に見えている景色が、自分たちのイマジネーションで変わっていくということに気づいてもらえたらと思っています。イベントを通じて疑似体験をして、見てくださる方のなかに何か気づきが生まれたら嬉しいですね。
子どもたちの未来ってどう変わっていくんだろうなって思うんです。この時代は、よくも悪くもいろいろなものが完成しすぎていて、もう新しい未来なんてないんじゃないかというくらいできすぎてしまっていると思うんですけど。いろんなものと組み合わせることでまだまだ進化できるし、物語をのせることで違う世界も作れる。不可能が不可能じゃなくなるような世界を知って、自分にも何かできるんじゃないかと思ってもらえたらいいですね。
8歳で芸能界入りも「実は宇宙飛行士になりたかった」
── プライベートでは1児の父親でもあります。お休みの日などはお子さんとどう過ごしていますか。
小橋さん:去年から湘南に引っ越したので、先日も海でBBQをしました。去年はキャンピングカーで北海道に。キャンプはよく行きますね。息子を初めて海外に連れていった場所はフィンランドとエストニアで、湖畔に泊まりました。初の海外男2人旅は、オーストラリアのシドニーでした。
── さすがアクティブに過ごされていますね!お子さんにはどんな経験をしてほしいと思っていますか。
小橋さん:いろんな世界を旅してほしいです。それは決して海外旅行ということだけではなく、いろんな場所でたくさんの人と出会ってほしいということですね。子どもの想像力ってすごく素直で、発想も素敵です。子どもには無限の可能性を作ってほしいなと思っています。今は小さいので、まだひとりでできることは限られます。親としてできることとして、できるだけいろんな世界を見せて、創造力を働かせてほしいなと思っています。
── 8歳から芸能界で活躍されていましたが、小橋さんが幼少期に抱いていた夢はなんでしたか。
小橋さん:実は宇宙飛行士になりたいと思っていました。未知なるものに興味があって、宇宙とかUFOとか、知らない世界についてもっと知りたいと思っていたんです。でも、あまのじゃくでもあったので、誰か他の人が作ったロケットには乗りたくないと思っていて(笑)。学校の帰り道に、家の近くにある工場に寄って、落ちているネジなどを集めて自分でロケットを作ろうと思っていました。小学生のころの話です。
── クリエイティブな仕事をされている今と繋がるものがありそうですね。
小橋さん:そうかもしれないです。さすがに宇宙船は作ってはいませんが、ドローンではロケットを飛ばしました。何かをずっと追いかけて創り続けたいと思っています。
未来はきっと「心の時代に」
── お子さんが生まれて仕事に与えた影響はありましたか。
小橋さん:5年前にキッズパークを作ったのは、子どもが生まれてから得た発想です。屋内に遊びながら学べる宇宙をテーマにした施設を作りました。父親や母親になっても、美味しいものを食べたり、おしゃれな場所に行ったりしたいという希望ってみなさんあるじゃないですか。でも、いざ子どもが生まれて、子ども向けの施設にいくと昭和のままアップデートされていない場所が多いなと感じていて。
「子どもが行くところなんだから当たり前でしょう」とか、「子連れじゃここしか行けるところがない」というな妥協や我慢しているようにと感じました。悪くいうと、子ども騙しといいますか。でもせっかくなら、お父さんやお母さんも行ってワクワクするようなところがあったらいいんじゃないかと思ったんです。日本の未来を作っていく世代の環境に、全然テコ入れがされていないのが現状だと感じています。
── 新しい発想でイベント作りなどをされている小橋さんは、子どもたちの未来はどう変わっていくと思いますか。
小橋さん:個人的には、これからの時代は物質文明から心の時代に変わっていくと思っています。遠慮がちとも言われていますが、ますます日本人のきめ細やかさや他者のことを深く考えられるような発想や設計が、これからの時代には必要とされていくと思います。
PROFILE 小橋賢児さん
こはし・けんじ。1979年、東京都生まれ。88年に俳優としてデビュー、数多くの人気ドラマに出演。2007年に芸能活動を休止し世界中を旅する。帰国後『ULTRA JAPAN』のクリエイティブディレクターや『STAR ISLAND』の総合プロデューサーを歴任し国内外で成功させる。ドローンを使用した夜空のスペクタクルショー『CONTACT』はJACE イベントアワードにて最優秀賞の経済産業大臣賞を受賞。2021年、東京2020パラリンピック競技大会閉会式のショーディレクターを務め、また、2025年日本国際博覧会(大阪・関西万博)の催事企画プロデューサーに就任する。その他、地方創生、都市開発に携わるなど常に時代に新しい価値を提供し続けている。
取材・文/内橋明日香 写真提供/小橋賢児