2022年にがん患者向けのブランドを立ち上げた、老舗帽子メーカーの4代目・佐藤麻季子さん。ブランドをつくった思い、そして自身もがんの宣告を受けたおひとりとして帽子にかける願いを聞きました。(全2回中の2回)
がん患者向けの帽子ブランドを立ち上げ
── 2022年にがん患者向けの帽子ブランド「シャンヴルマキ」を立ち上げたきっかけを教えてください。
佐藤さん:もともと弊社では、病院の売店で売られている、がん患者の方向けのニット帽子のOEMを手がけていました。
でも、実際に街でそのような帽子を被っている方たちを見かけると、洋服はおしゃれをしていても、帽子だけが合っていないという違和感を持っていました 。がん患者の方もファッションを楽しみながら被れる帽子がないんですよね。ないならば弊社で作りたい、と考えました。そこで、2022年1月の仕事始めの新年の挨拶の時、社員の前で、がん患者さんに向けた帽子ブランドの立ち上げを宣言しました。
── しかし、その1か月後、ご自身のがんを宣告されました。ブランド立ち上げの決意が揺らぐことはありませんでしたか。
佐藤さん:もちろん、落ち込みましたし、今まで感じたことのないような恐怖を感じました。でも、がん患者さん向けのブランドを立ち上げると宣言していたことが、逆に私の力になってくれました。自分の病気のことだけを考えていると、不安と恐怖しか心に浮かんできません。行き場のないこの気持ちを人のために動くことで、なんとか力に変えたいという思いがありました。
病室でもずっとベッドの上で、資金調達やデザインなど、立ち上げの準備をしていました。
── ご自身ががんを経験されたことで、ブランド作りに影響はありましたか。
佐藤さん:私は脱毛を経験しませんでしたが、がんを宣告された人の気持ちがわかったことは大きかったと思います。
今、経過観察を続けて2年になります。定期的に通院していますが、こんなにたくさんの方ががんと向き合っていること、そして、心の中では恐怖や失望を抱えていても、日常生活を送らなければならない葛藤を理解できるようになりました。
そんな方たちに、エールを送れるような商品を届けたい、そして、少しでも楽しく生活ができるようなお手伝いをしたいという気持ちが強くなりました。「がんになったから帽子を被る楽しさを知ることができた」と、少しでも気持ちを前向きに切り替えられるような帽子を作りたい、と強く思いました。
発売直後にメディア出演で問い合わせが殺到
── 2023年7月に発売を開始し、反響はいかがでしたか。
佐藤さん:弊社の取り組みを広く知ってもらうために、まずはクラウドファンディングを利用しました。発売数週間後に、それを見たNHKの方から出演依頼があり、番組が放送された後は、問い合わせが殺到したんです。購入していただいた方たちから、たくさんのメールや手紙もいただきました。
── プレゼントに贈る方も多いんですよね。
佐藤さん:髪の毛が抜けたことでふさぎ込むようになったお母様に、シャンヴルマキの帽子をプレゼントしたという方からは、お母様からすごく明るい声でお礼の電話があったと教えてくださいました。
私自身がもともと暗い性格です(笑)。だからこそ、気持ちの持ち方がいかに生活に影響を与えるかがわかります。弊社の帽子が「生活を楽しくする種」の役割を、少しでもできているのかなと、とても嬉しくなりました。
がん患者の人生を考えたデザインと機能
──「シャンヴルマキ」の帽子は、デザイン性の高さが魅力です。そして、デザインのバリエーションも豊富です。
佐藤さん:デザインは、すべて私が担当しています。ふだん使いはもちろん、学校行事や冠婚葬祭にも脱がずに出席しやすいものなど、選択肢の多い帽子を作りたいと思いました。
「闘病を支えてくれている家族のために毎日家で被りたい」と購入してくださる方もいます。特に小さなお子さんを持つお母さんが多いですね。髪の毛のないお母さんの姿に胸を痛める子もいるので、子どものために着用されています。帽子は、朝から晩まで被っても負担が少ないよう、重さにも配慮しています。100gを超える帽子は少なくありませんが、シャンヴルマキの帽子は50~70gです。
── 被りごこちについて、購入者からどのような声が多いですか。
佐藤さん:「頭を包み込むような被りごこちがいい」という声は、多くいただいています。さまざまな形の頭にもフィットできる設計の技術は、長くやってきた弊社の知見を活かしたもので、そこを評価していただくことが多いです。
あとは、生地にもこだわって、セラミドを配合したなめらかな日本産の綿を100%使用しています。抗がん剤治療で、肌が弱くなっている方が多いですし、肌着と同様に被りごこちが大切になってくるので。
「アピアランスケア」を広めたい
──「脱がなくていい帽子」をコンセプトのひとつにされています。
佐藤さん:日本では、挨拶や食事のときなど、「マナーとして帽子を脱がなければいけない」とされている場面が多いです。そんな場面を恐れて、外出を避けるがん患者さんも多い。だから、TPOに合わせて脱がなくても出かけられる帽子を考えて作っています。
── マナーを大切にすることは日本人の美徳の一つですが、一方で、帽子を脱げない人がいることへの理解はまだ乏しいとは感じます。
佐藤さん:そんな日本で、弊社としても「アピアランスケア」という考え方を世の中にもっと広めたいと思っています。
「アピアランスケア」とは、抗がん剤による脱毛などで外見が変化しても、その人らしい生活が送れるように支えるケアのことを言います。弊社の帽子もそのケアのひとつを担いたい。そして、帽子を脱げない人がいることをもっと世の中に知ってほしいです。抗がん剤の副作用で髪の毛が抜けることを知らない人も多いですから。
── がん患者とそうでない人の垣根が低くなるといいですよね。
佐藤さん:私も、ブランドの立ち上げを宣言したときは、まさか自分が当事者になるとは思っていませんでした。誰もががんになり得る時代です。お互いの事情を尊重できる社会になれば、もっと生きやすい社会につながるのではないでしょうか。
がん患者さん向けに立ち上げたブランドですが、そうでない方にも被ってもらえることも目指しているんです。垣根を超えられる魅力をもっとアピールすることで、お互いの理解が進む一助になれたらと考えています。
── 厳しい状況が続く帽子業界ですが、今後の展望は。
佐藤さん:明るい未来が見えないと言われがちな帽子業界ですが、私としては、どんどん人を採用して、弊社の技術を後世に伝えていける会社にしたいんです。
そのためには、売上だけでなく、会社としてどんな企業姿勢をもっているか、実際にどんな社会貢献をしてきたかが大切になってくると思っています。
「シャンヴルマキ」を通して、がん患者さん、そして誰もが生きやすい社会に少しでも貢献したい。そして、それが日本の帽子業界にも明るい未来を運ぶことができたら、と願いながら挑戦し続けます。
PROFILE 佐藤麻季子さん
株式会社サトー(1912年創業)の4代目社長。三姉妹の末っ子として、東京都台東区に生まれる。大学卒業後、帽子とは無縁の大手企業に就職するが、2013年に株式会社サトーに入社。2014年に社長に就任する。がん患者向けの帽子ブランド「シャンヴルマキ」を2022年1月に立ち上げ、2023年7月から販売開始。大きな反響を得る。自身も舌がんを宣告されるが、「がん患者にエールを送る帽子を」という思いで、挑戦を続ける。
取材・文/桐田さえ 画像提供/佐藤麻季子