2012年に始めたブログ「まんしゅうきつこのオリモノわんだーらんど」が注目を集めた漫画家・まんきつさん。漫画家としての道を順調に歩んでいたものの、会社員の仕事や家事との両立、さらにはブログへの心ない誹謗中傷コメントのストレスから、お酒に手を出すように…。家族の助けもありアルコール依存症から抜け出し、その後、今もライフワークとなっているサウナと出合いました。ところがそのサウナ通いにも悩みが生まれはじめます。(全3回中の2回)

サウナ漫画を描き始めるも新たな苦悩が

── サウナにハマった経験をもとに描いた『湯遊ワンダーランド』も人気です。人物描写がおもしろすぎるんですよね(笑)。まんきつさんの作品は基本的にご自身の体験をもとにしたエッセイ漫画ですが、体験ベースだからこその大変さなどもあるのでは?

 

まんきつさん:ありましたね。結局エッセイって、偶発的に「こういうことがあった!」っていうのが、一番おもしろいし、描いていても楽しい。それが「ネタを取りに」いっちゃうようになると、ダメなんですよね。

 

サウナって、基本的に平和で何も起こらない空間じゃないですか。なのにひたすら話題を取りにサウナに通っていた時期があって、そのときはけっこうキツかった。取りに行ったのに結局何もゲットできず「これ描いても絶対つまんないよな」ってわかっているのに、ウケ狙いの展開で描いちゃう。そういうのは本当におもしろくないんですよね。当時の編集担当にネームを送ったら、殴り書きで「スベってる」って赤字入りで戻ってきたり…。だから後半はしんどかったです。

 

漫画家のまんきつさん
アラフィフとは思えない!お肌ツヤツヤのまんきつさん

── 整えにいくはずのサウナにネタ探しにいくのは確かにつらそうです…。どう折り合いをつけたんですか? 

 

まんきつさん:「何も浮かばない…」「もう描くネタがない…」となり、2巻で終わらせてもらいたいと編集担当に相談したんですが、3巻目はもう進行している状態。それでも編集担当に弱音を吐き続けていたら、なんと「僕いなくなります」という言葉とともに彼が音信不通になってしまい…。その様子を描いているのが、3巻の終わりに掲載されている『ばっくれワンダーランド』の回です。

 

『湯遊ワンダーランド』3巻 p169より
『湯遊ワンダーランド』3巻 p169より
『湯遊ワンダーランド』3巻 p169より
『湯遊ワンダーランド』3巻 p169より
『湯遊ワンダーランド』3巻 p169より
『湯遊ワンダーランド』3巻 p169より

── そんなエピソードまで漫画に落とし込むのは…苦しい側面もあるのでは? 

 

まんきつさん:精神衛生上よくないので、基本的には自分でつらいと思った経験は描かないようにしていて。編集担当が失踪したエピソードも最初は描くつもりがなかったのですが…「絶対おもしろくなるから!」と編集担当の熱意に根負けして描きあげました。『アル中ワンダーランド』も、自分にとっては苦しい体験だったので最初乗り気ではなかったんですが…。

 

── オファーがあったから、ご自身の気持ちと闘いながら描いたんですね。ただそれで大きな反響があったりもするわけで…。

 

まんきつさん:そうなんですよ。予想以上にいろんな方からあたたかい反応をいただいて。今となっては描いてよかったなって当時の担当編集には感謝しています。ただ、できればこんなしんどい仕事はもうやりたくない。だからこの先はもう…今までは断れなくて「おもしろいから描いて」と言われたら描いてきましたが、最近では断れるようになりました。難しい依頼が来たとしても、自分の気持ちに正直にいたいですね。

 

『湯遊ワンダーランド』3巻 p183より
『湯遊ワンダーランド』3巻 p183より
『湯遊ワンダーランド』3巻 p183より
『湯遊ワンダーランド』3巻 p183より
『湯遊ワンダーランド』3巻 p183より
『湯遊ワンダーランド』3巻 p183より

──「断れるようになった」というのは、何か考え方に変化があったのでしょうか?

 

まんきつさん:なんでだろう…。最近は、小さいことでも自分の気持ちに正直になれています。多分、年齢のせいなんでしょうね。今までは、たとえば「中華食べに行こう」と誘われたら、そのとき食べたいのが海鮮だったとしても、黙って応じるタイプだったんです。それが今では変わりましたね。そういった日々の小さな選択一つひとつから、自分の気持ちに正直になることが大事だったりするよなって。

 

漫画家のまんきつさん
年齢を経て「自分の気持ちに正直でいられるようになった」と話す

── つねに「自分に正直になろう」と意識しているのでしょうか?

 

まんきつさん:イメトレはしていますね、いつも。「こう言われたらこう返す」とか。例えば、LINEでこう来たらすぐこう返すとか。じゃないと、嫌なことも「いいよ」って言っちゃいそうな気がするんです。「自分の人生を生きたいように生きよう」と思えるようになったのも、結局は気持ちをリセットできるサウナのおかげかもしれないですね。

 

── ネタ探しをやめてサウナに行ったら楽になった?

 

まんきつさん:はい。以前はサウナの途中に脱衣所に戻ってメモをしたり、本来なら無心になれる休憩中もずっと構成を練ったりしていたので、心からサウナを楽しめていませんでした。連載を終えてからのほうが、よりサウナを好きになっています。

 

PROFILE まんきつさん

漫画家、イラストレーター。1975年埼玉県生まれ。日本大学芸術学部卒業。2012年に始めたブログ「まんしゅうきつこのオリモノわんだーらんど」で注目を集め、2015年には自身初の単行本『アル中ワンダーランド』(扶桑社)を刊行。2019年にペンネームを「まんしゅうきつこ」から「まんきつ」に改名。著書に『湯遊ワンダーランド』(扶桑社)、『ハルモヤさん』(新潮社)、『まんしゅう家の憂鬱』(集英社)など。2024年1月には最新作『そうです、私が美容バカです。』(マガジンハウス)が話題に。

 

取材・文/松崎愛香 画像提供/まんきつ、扶桑社