手塚理美さんがグレイヘアを目指したのは、56歳のころ。周囲からいろんな声が聞こえてきましたが、手塚さんは意に介しません。見た目とか人の視線とか「もっと自由でいいんだ」…そう思わせてくれるインタビューです。(全4回中の4回)

俳優復帰で事務所も移籍「バラエティにも挑戦」

── 2人の息子さんが独立したのを機に、2016年ころから俳優業に本格復帰。再始動にあたり、よしもとクリエイティブ・エージェンシーに移籍されたことが話題を呼びましたが、どういう心境の変化だったのでしょう?

 

手塚さん:女優として本格的に活動するにあたって、せっかくだから環境をガラリと変えてみようと思ったんです。たまたま吉本に知り合いがいて、いろいろと話を聞いていたので、「なんだか面白そう。新しい挑戦をするにはいい環境かも」と感じ、吉本の俳優部に事務所を移籍し、7年ほどお世話になりました。

 

吉本に所属したことでバラエティ番組など、新しいジャンルにも挑戦させていただくことができ、いい経験になりましたね。

 

── それまで、バラエティに出演されたことはなかったのですか?

 

手塚さん:10代のころ、まだバラエティという言葉もなかった時代に、テレビで司会をしたり、芸能人運動会の番組に出たことはありましたが、本格的なバラエティのトーク番組などは経験がなかったので、刺激があって楽しかったですね。

 

── 手塚さんも、芸能人運動会の番組に出られていたことがあったのですね。

 

手塚さん:正直、すごく苦痛でしたね(笑)。もともと声が低いし、テンションも低めなのに、「高い声を出してください」と言われ、ムリヤリ声のトーンをあげていました。それがイヤで、よく仮病をつかっていました(笑)。

 

当時、夏になると、浴衣を着て肝試し大会のような番組も多かったのですが、アイドルの子たちがキャーキャー楽しそうに笑顔をふりまくことにも違和感があって、「なんで私、ここにいるんだろう…」と思ったことも。

 

でも、そのころの芸能界は、そうしたことも割りきってやっていかないといけない部分もあって、「この世界は向いていないなあ」とずっと思っていました。

グレイヘアに挑戦「他人の目よりも自分の気持ちにまかせて」

── 年齢を重ねるごとに私たちは変化を恐れて、身軽さを失いがちです。手塚さんは、新しい挑戦をするとき、失敗を恐れてためらうことはありますか?

 

手塚さん:まったくないと言ったら嘘になります。とくに、私たち世代は「失敗してはいけない」と教わってきたので、余計に挑戦を恐れて、頑なになってしまいがちです。

 

でも、子育てを終えて2人の息子たちも無事に巣立ち、人生ひと区切りで次のステージに向かうなか、「こうあるべき」とか「ねばならない」と思ってきたことを少しずつ手放してみようかなと思ったんです。

 

知っているふりやわかっているふりもやめて、できないことはできないと素直に認める。そうしているうちに、自分のなかの頑なな部分が解けてきて、「失敗したら、また考えればいいや」と、思えるようになりました。

 

じつはかなりお茶目な手塚さん。お気に入りの赤いリーディンググラスと

── 50代後半からは、白髪染めを卒業し、スタイリッシュなグレイヘアに移行されたことも話題になりました。

 

手塚さん:昔からできるだけ自然でナチュラルな姿でいたい気持ちがあって、ふだんはノーメイクです。芸能界のお仕事で、つねに着飾ってメイクをすることが多かったので、余計にそう感じていたのかもしれません。

 

30代のころから先輩の女優さんたちが、いつ白髪をカミングアウトしようかと悩んでいらっしゃる姿を見てきましたが、私としては「白髪って素敵だから、そのままでいいのになあ」とずっと思っていたんです。

 

実際、白髪を染め続けることにもわずらわしさを感じていました。そんなとき、たまたま雑誌で見たグレイヘアの特集に背中を押され、やってみようと決めました。グレイヘアへの移行は、自分の体を使った「実験」のようなものでしたね。自分の髪がどんなふうに変わっていくのか、変化を楽しみながら3年くらいかけて、黒髪からグレイヘアになりました。

 

── 周りの反応はいかがでしたか?

 

手塚さん:「まだ早いのでは?」という意見もありましたが、ずっとグレイヘアでいくことを決めているわけでないんです。ただ、何事も自分で経験してみないと納得できない性格なので、体の変化を確かめたい、知りたいという気持ちが強いんですよね。やってみてダメだったらやめればいいだけ。

 

実際、グレイヘアを経験して手入れがラクになりましたし、髪も健やかになって、いいことづくめ。おしゃれの幅も広がりました。

 

でも、62歳になってちょっとグレイヘアにも飽きてきたので、少し色を入れてみたり、いろいろ冒険しているところです。「自分はこう」と決めないで、変化を楽しんでいければいいなと思っています。

シワも人生の証「年を重ねることを楽しむ自分でいたい」

── 自分の身に起こる変化を楽しみながら、「実験」としていろんなことに挑戦されるのはすごくポジティブで素敵な考え方ですね。

 

手塚さん:結局、楽しいこともつらいことも、自分のとらえ方次第。すべては自分自身が引き寄せている結果だと思うんです。人生には大変なことが降りかかるときもあるけれど、それとどう向き合っていくかが大事。つらいことがあっても自分を被害者だと思いすぎず、人生に必要なことだととらえ、それに打ち勝つにはどうしたらいいか考えていく。

 

ガーンと落ちるところまで落ちたら、はい上がるしかないので、どうせ中途半端に落ちるなら、いったん一番下まで落ちちゃったほうがいい、というのが私の考えです。起こることはすべて意味があると思って生きています。

 

── 日本は女性が年齢を重ねることをネガティブにとらえる傾向がありますが、どう感じていますか?

 

手塚さん:そういう部分はありますね。とくにいまはSNSが発達しているので、いろんな誹謗中傷も目に入ってきます。私がグレイヘアにしたときも、「老けた」だの「歳をとった」だの、いろいろなことを言う人がいましたが、みんな若いころの私と比べているんですよね。

 

年齢をとれば見た目が変わっていくのは当然なのに、なぜそこに戻るのだろうと不思議な気がします。歳を重ねるのは素敵なことだと思うし、シワも大切な私の人生の証なので、愛してあげたいですよね。

 

自然食好きな手塚さん。この日はママ友と一緒に玄米定食のランチを満喫

── おっしゃる通りだと思います。シワは人生の勲章だと、誇りたいですよね。

 

手塚さん:みんなあまり深く考えずに言葉を発しているから、それに振り回されて心が波立ってしまうと、しんどくなってしまう。真正面から受け止めないことも大事です。

 

いまは人生100年時代といわれているから、60代なんてまだまだ「ひよっこ」。還暦をひと区切りと考えると、60歳で、また1歳からのスタートだと思っているんです。だから、62歳の私はいま、2歳ですね(笑)。

 

いつも思うのは、変化できる人でありたいということ。歳をとると頑固になりがちなので、いまの自分の状態を振り返りながら、「ちょっと偏っているかな」と感じたら、ニュートラルな状態に戻していく。

 

「こうあるべき」を捨てて柔軟でいるためには、「求めすぎないこと」が大事だなと思うんです。求めすぎてしまうと、相手のことを嫌になったり、いろんな状態に対してストレスを感じてしまう。でも、その基準をグッと下げれば、心が平和でいられます。

 

ただ、そうはいっても人間なので、やっぱり求めてしまう部分もあって。そこの部分とせめぎ合いをしながら、日々いろいろなことを学んでいる最中ですね。

 

PROFILE 手塚理美さん

てづか・さとみ。1961年、東京都生まれ。俳優。7歳でモデルとして活動をスタート。1975年にユニチカ2代目マスコットガールとして芸能界に本格デビュー。1982年、NHK朝の連続テレビ小説『ハイカラさん』に主演。以降、『ふぞろいの林檎たち』『男女7人秋物語』など、様々なドラマや映画で活躍。2021年には、映画『メイド・イン・ヘヴン』で主演。

 

取材・文/西尾英子 画像提供/手塚理美(えりオフィス)