アイドル歌手として新人賞を獲得し、世間の注目を集めた芳本美代子さんは、21歳のときに演技の道へと活躍の幅を広げます。舞台デビューとなったミュージカル『阿国』では、ゴールデンアロー賞・演劇新人賞を受賞するも、稽古を始めた当初は嫌で嫌で仕方なかったそう。舞台女優としての活動が、芳本さんにとってどのようなマインドの転換となったのかをお聞きしました。(全3回中の2回)

失敗することへの恐怖…やり直しができない舞台の厳しさを知る

── 1990年の『阿国』で舞台デビューとなりましたが、俳優業を意識したきっかけはあったのでしょうか。

 

芳本さん:アイドルとしての転換期を感じていたんです。20歳を迎えたあたりから仕事内容が「脱アイドル」の傾向になり、歌の雰囲気も可愛らしいものから、大人の女性を思わせるハードなものへと変わっていきました。

 

そんなときにミュージカルの話をいただいて。「まだ新しくチャレンジできることってあるんだな」と新鮮な気持ちで引き受けることにしました。しかし、いざ稽古が始まるとワクワクした気持ちは消えて、「失敗することへの恐怖」を感じるようになっていったんです。

 

アイドル時代に出演した「新春かくし芸」での一コマ
アイドル時代に出演した「新春かくし芸」での一コマ

── アイドル時代は「失敗すら楽しんでいた」という芳本さんでしたが、俳優と歌手とではどのように違ったのですか?

 

芳本さん:歌手としての仕事は、生放送でない限りは撮り直しが可能ですが、舞台はやり直しができません。練習を重ねるにつれ、「本番で失敗したらどうしよう」と恐怖心が増していって…。稽古に行くことを渋り、毎日マネージャーに引きずられるようにして連れて行かれていました。

「歌だけは頑張ろう!」迎えた初舞台での涙

── 舞台への恐怖心はどのように払拭することができたのでしょうか。

 

芳本さん:先輩方の熱意に触れるにつれて、「演技は初めてなんだから下手で当たり前。自信のある歌だけは頑張ろう!」と思い直すことができたんです。初舞台がミュージカルで、歌うパートがあったことが救いとなりましたね。

 

先輩方はいつも見守りの姿勢でいてくれて、私の演技に対してもダメ出しはほとんどなく、「あのシーン、よかったよ」といい部分をほめてくださることが多かったです。鷲尾真知子さんが私の母親役で、同じシーンに立つことが多かったのですが、私のやりやすいように先導してくれて、安心感を持って演技することができました。開演初日の幕が降りた時は、ホッとして涙が出たのを今でも覚えています。

 

21歳の時にミュージカル『阿国』で初舞台を踏む
21歳のときにミュージカル『阿国』で初舞台を踏む

── 先輩方のおかげで立ち直ることができたのですね。

 

芳本さん:そうですね。周囲の配慮があったからこそ、自分らしさが出せるようになっていったんだと思います。先輩方には本当に助けていただきました。気づけば演技でキャッチボールをすることを楽しめるようになっていました。

 

── 初舞台にして演劇新人賞を受賞したことは、自信に繋がったのではないでしょうか。

 

芳本さん:演技への自信というより、「新しい分野でもやれるんだ」という自信になりました。テレビでトークしたり、歌うだけではない世界が広がったように感じていました。しかしこの後、2作品目となる『夏の夜の夢』で、再び演技に苦悩することになりました。

「私には舞台は難しい。演技ができない」と悩んだ『夏の夜の夢』

──『夏の夜の夢』ではどのような部分で悩まれたのでしょうか。

 

芳本さん:シェイクスピア原作の作品なのですが、台詞回しが特に難しくて。「〜のように、〜のごとく」といった形容的な言い回しがとても多いんです。長いセリフを覚えても、ひとつの単語が抜けると、その後が続かなくなってしまって…。本当に皆さんに迷惑をかけたと思います。

 

『夏の夜の夢』は小日向文世さんや渡辺いっけいさん、円城寺あやさんなど、劇団出身の役者さんが多く出演されていました。台詞の難しさに加えて、皆さんの演技の凄さに圧倒され、『阿国』のときには楽しめていた演技のキャッチボールもできなくなってしまいました。

 

「私には舞台は無理」と相当落ち込みましたね。「明日までにはできるように練習してきますので」と、先輩方に頭を下げながら毎日を過ごしていました。

 

ソバージュヘアが似合う30歳頃の芳本さん
ソバージュヘアが似合う30歳頃の芳本さん

立ち直るきっかけは「観客が見たいのは演技の“上手い下手”じゃない」

── 演目によっても状況が大きく異なるのですね。その後はマインドセットできたのでしょうか?

 

芳本さん:円城寺あやさんの言葉がきっかけで、立ち直ることができました。あやさんに「私の役を好きになれない」と話したら、ご飯に誘ってくださって。そのときに「お客さんが見たいのは、上手に演技をするみっちょんじゃない。あなたの華やかさだよ」と言ってくださったんです。同時に「華やかな人に視線は集まる。それができるあなたは素敵よ」とも。

 

演技をしていると、自然と「演技が上手い人」を見てしまいます。でもお客さんはそうとは限らないということを、あやさんから教えてもらいました。この日を境に、「自分の役を全うするために頑張ろう」と切り替えられたように思います。

 

この作品の後、たくさんのミュージカルに出演させていただきましたが、今でも深く印象に残っているのは『夏の夜の夢』です。たくさんの学びを得た2作品目となりました。

 

PROFILE 芳本美代子さん

取材・文/佐藤有香 画像提供/芳本美代子女優、歌手。1985年に「白いバスケット・シューズ」で歌手デビュー。「みっちょん」の愛称で親しまれ、1990年には初舞台となるミュージカル『阿国』で演劇新人賞を受賞。その後、舞台や映画、ドラマなどで活躍。現在は大学教授の肩書きも加わり、大阪芸大短期大学部で教鞭をとる。YouTubeチャンネル「みっちょんINポッシブル」ではさまざまなゲストとのトークに加え、生歌、鼻歌なども披露している。

取材・文/佐藤有香 画像提供/芳本美代子