急死したママ友から「子育ての意味」に気づかされた
── 子育てもアメリカでの経験が原点になっているそうですが、ご自身の経験からほかに息子さんに伝えたいことは?
木佐さん:私がいろんな場面で「なんとかなる」と思えるようになったのは、幼少期のアメリカでの経験で神経が図太くなったからです。自分が子育てして改めて思いますが、いまとなっては親に感謝です。
致命的な危険な経験はダメですが、私が経験したようなサバイバルは、そのときは子どもに恨まれるかもしれませんが、最終的には「生き抜く力」になると思います。だから、自分の経験から私は息子に対して厳しめなんです。
── もしかして、息子さんにもサバイバルな経験をさせたんですか?
木佐さん:息子は幼稚園の前半までアメリカでしたが、それ以降は日本で育っています。だから少しは海外に行かせたくて、あまり英語ができないまま英語だけのキャンプや合宿に行かせてみたこともあります。
中学生のとき、日本人のいない海外のゴルフ合宿に2週間くらい入れたら、「高校生に目をつけられている」って、SOSの電話が2回かかってきました。でも、私はそこで「帰ってきていいよ」とは言いませんでした。結局、リタイアせずに2週間乗りきり、ひと回り大きくなったように思えました。
この経験がすぐには役に立たなくてもいいんです。これからの時代、予測不可能なことがたくさん起きるなかで何かの力になったらいいな、くらいの気持ちです。
── 息子さんも成人し、子育てもひと段落つきましたか。
木佐さん:うーん、息子が20歳を超えるともっとホッとできると考えていたのですが…。私の母が生前「子育てなんて、死ぬまで一生続く」と言っていたので、それならドーンと構えて気長にいこうと考えています。とくに心配なこともないですが、石井家の家訓として基本的に「心と身体が元気だったらよしとしよう」と。
── いい家訓ですね。木佐さんが子育てをとおしてほかに考えたことはありますか?
木佐さん:息子と同い年のお子さんのママですごくパワフルな人がいましたが、お子さんが中2のときに急死したんです。息子さんはそれは悲しかったと思いますが、しゃんとして立派で、お母さんから教えられたことが身についていました。「あぁ、あのママはちゃんと息子にいろいろ教えていたんだな」って。彼は今、医学部で勉強中です。
究極の子育てとは、自分がいなくなっても残された子どもが生きていけるようにすることだって、このママから教えられた気がするんです。日本はとくに、親が子どもの面倒をよくみるじゃないですか。
やってあげるのが愛情と思えるところもありますが、あえて手を差しのべないのが本当の愛情だったりします。難しいですけど…。息子には言わなくても、今、私がいなくなったらこの子は生きていけるんだろうかと、考えながら接しています。
PROFILE 木佐彩子さん
1971年、東京都出身。アメリカ・LAにて小学校2年~中学校2年までを過ごす。1994年、フジTVに入社、「プロ野球ニュース」「FNNスーパーニュース」「めざましテレビ」等多数の番組を担当。2000年、当時ヤクルトスワローズ所属の石井一久氏と結婚。男子出産を機にフリーになり、2002~2006年、夫のメジャーリーグ移籍に伴い渡米。2006年に帰国しフリーアナウンサーとして復帰。
取材・文/岡本聡子 写真提供/木彩子、株式会社AEGIS