ニューヨークを拠点にパーツモデルとして活躍する永瀬まりさん。19歳でハンドモデルとしてのキャリアをスタートし、日米合わせて200本以上のCMや広告に出演してきました。日本を代表するパーツモデルになるまで、どのようなエピソードがあったのでしょうか。(全4回中の1回)

担任の先生が定規を持って近づいてきて…

── 永瀬さんは幼い頃からモデルのお仕事に興味があったのですか?

 

永瀬さん:10歳の頃、母の勧めでキッズモデルのオーディションを受けたのがきっかけで、子ども服のモデルや子役を目指して母子二人三脚で活動を始めました。でも、歌やダンスを習ったり、演技を学んだりしてもオーディションで勝ち進むことができなくて…。事務所に所属できたとしても、そこから仕事の取り合いが始まるので、なかなかメディアに出ることが叶わなかったんです。

 

幼少期の永瀬まり
幼少期の永瀬さん。キッズモデルや子役を目指すも芽が出ずに悩んでいたのだそう

── 思うように芽が出ずに悩んでいたのですね。

 

永瀬さん:そうですね。実はジュニアアイドルにも挑戦したのですが、やっぱり売れなくて。高校3年生の頃ですかね、表舞台で華やかに活動するのが夢だったけれど、その道を目指している人は星の数ほどいるので、その中で目立った活躍をするのは宝くじに当たるくらい難しいのでは、と気づきました。

 

それならば、もう少し目指している人の母数が少ないジャンルで、トップを目指したほうがいいんじゃないかと思ったんです。その世界の“カリスマ”になれたら、メディアにも取り上げてもらえるだろうし、もしかしたら自分がやりたい活動の近道になるかもしれない。そこで辿り着いたのが、ハンドモデルという世界でした。

 

── なぜ“手”を専門としたモデルに辿り着いたのでしょう。

 

永瀬さん:小学生の頃、テスト用紙を左手でおさえて、右手で一生懸命解いていたら、担任の先生がそーっと定規を持って近づいてきて、私の指の長さを測ったことがあったんです。それまで大勢の生徒を見てきた先生としては、「こんなに指の長い子どもは見たことない」と思ったのかもしれません。

 

でも、幼い私は「他の人より手が大きいんだ」とトラウマになってしまって…(笑)。それ以来、授業で挙手するときも指を縮めるようになったし、手のことはずっと気にしていましたね。

 

ただ、モデルを目指して小さな撮影を重ねるなかで「手脚が長いね」って言われたり、肌質を褒められたりすることがあって。もしかしたらこれが私の武器になるのかもしれないって思ったんです。

 

永瀬まり
美しい手指を武器にハンドモデルとして活躍する永瀬まりさん

指先の表現力が評価され、初めてのオーディションで合格

── 本格的にハンドモデルのお仕事を始めたのはいつ頃からですか?

 

永瀬さん:19歳のとき、パーツモデルの老舗事務所に書類を出したら、すぐに所属が決まったんです。その一週間後に、大規模なテレビCMのオーディションがあり、事務所から「これは演技とか審査項目がいろいろあって難しいだろうけれど、勉強のために受けておいで」と言われて。何のレクチャーも受けないまま行ったのですが、受かったんです。

 

ハンドモデルの撮影って普通、デニムに黒のタンクトップとか動きやすい服装で行くんです。でも、私は「動きやすい服装」を勘違いして、遠足のジャージみたいな格好で行ってしまって…。それくらい何もわからなかったので、本当に驚きしかありませんでした。

 

── 初めてのオーディションで即合格とはすごいですね!その後も順調にお仕事を重ねていったのでしょうか?

 

永瀬さん:それまで9年間も鳴かず飛ばずの状態だったのに、トントン拍子でいろんな仕事が決まっていきました。私は小さい頃からモデルになりたくて、ティーン向けの雑誌もたくさん読んでいましたが、そこに同世代や年下の子が載っているのを見ると悔しいし、自分が否定されているような気分になってしまって…。そんな10代を過ごしていたので、「やっと自分のパッションをぶつける場所が見つかった!」と思いましたね。

 

── ちなみにハンドモデルのオーディションではどんなところが重視されるのでしょう?

 

永瀬さん:初めて受けたオーディションはスキンケア系のCMだったので、なめらかな質感を表現するような、柔らかい手の動きが求められました。私はクラシックバレエを10年間やっていたので、その経験が生きたのかもしれません。

 

永瀬さんの陶器のように美しい手…!指先の繊細な表現力はバレエで培ったそう

── 指先だけでブランドのイメージや魅力を表現するのはとても難しそうですが…。

 

永瀬さん:私の場合は、手の表現をするときも、顔の表情からつくるようにしています。映るのは手元だけですが、全身で感情表現をしているイメージでしょうか。たとえば指先で柔らかさを出すときも、肩のあたりから意識するような…。

 

それはもしかすると、バレエの動きから来ているのかもしれません。演技のワークショップで学んだ経験もありますし、これまでやってきたことが結びついて、手のお仕事に生きているのかなと思います。

スマートフォンの広告で重宝されたワケとは

── これまで日本では100本を超えるCMや広告に出演されていますが、ブランドや業種によって求められる「手」は変わってくるのでしょうか?

 

永瀬さん:本当にその通りです!私の場合は、指の長さと肌のきめ細やかさを褒めていただくことが多いので、スキンケアやジュエリーとか「きれいさ」を求められるお仕事が多いですね。あと、実は業界内で一番と言っていいほど手が大きいんです。それもあってスマートフォンのCMのお仕事もたくさんありましたね。

 

というのも、初期のスマートフォンって今より重くて大きかったんです。それをどうにかコンパクトに見せるために、私の手がすごく重宝されたようで(笑)。今だから言えますが、当時の携帯会社3社のCMの「手」がすべて私のものだったり…。

 

── そうなんですか!

 

永瀬さん:当時は来る日も来る日もスマホのCMの撮影ばかりでした。まだ製品ができる前に撮影することも多かったのですが、スタジオでグリーンバックをひいて、そこでスクロール操作の動きだけをするんです。いろんなスタジオのグリーンバックで同じ動きを繰り返し…、「今日はどの会社だっけ!?」と混乱していましたね(笑)。

 

── 反対に、永瀬さんが受かりにくいお仕事もあるのでしょうか?

 

永瀬さん:ファストフード系のCMは一度も出演したことがないんです。どうやらハンバーガーを食べている手には見えないみたいで(笑)。もっとフレッシュで健康的な「手」が求められているようです。

 

永瀬さんは主にジュエリーやコスメのハンドモデルとして活躍しています

手を美しく保つための心がけとは

── 商売道具である「手」を美しく保つために気をつけていることはありますか?

 

永瀬さん:とにかく紫外線は大敵ですね。日焼けするだけでなく、シワっぽくなったり、肌質がゴワついたりするので、特に夏場の外出時は気をつけています。

 

個人的には、油分が落ちてしまうことが手あれの原因で一番大きいのかなと思っています。保湿の方法を聞かれるのですが、それよりも洗浄力の強いハンドソープを使わないのが一番かなと。食器用洗剤を使うときにゴム手袋をつけるとか、地道な積み重ねが何より大切ですね。

 

── スマートフォンの持ち方にも気をつけているとか…?

 

永瀬さん:そうなんです。「スマホ指」という言葉があるように、小指で固定して支えることで、外側に変形してしまうリスクがあるらしいんです。なるべく一本の指に負担がかからないように、両手で持ったり頻繁に持ち替えたりしています。

 

── 美しい手を保つ秘訣は、日々の小さな積み重ねなのですね。その一方で、年齢を重ねるにつれ、手の表情は変わっていくかと思います。今後キャリアを重ねていくうえで、そうした手の変化をどう受け止めていきますか?

 

永瀬さん:やっぱり消費者の年齢層に合わせて、広告のモデルの年齢層も上がっていくと思うんです。なので、今まではフレッシュな手の広告をやっていたのが、今後は大振りなハイジュエリーだったり、もっと“味のある手”が求められるお仕事ができるようになったらうれしいですね。

 

PLOFILE 永瀬まりさん

1989年生まれ。埼玉県出身。19歳でハンドモデルを始め、日本ではニベア花王「アトリックス」など100本以上のCMや広告に起用された。2016年に渡米し、わずか半年でTiffany&Co.のワールドキャンペーンに抜てき。ニューヨークを拠点に、ハイブランドの広告や世界的なファッション誌などに数多く出演している。現在はシアトルで夫と2歳の長男と3人暮らし。

 

取材・文/荘司結有 写真提供/永瀬まり、サトルジャパン