「年収1億円のフリーアナに」「タレントデビュー」…局アナのバラ色に見えるセカンドキャリアはほんのひと握りです。知名度や出産などでキャリアの継続を断念したアナウンサーはたくさん。そんな彼女たちの思いを救う事業を考えた元局アナがいます。(全3回中の2回)
バラエティ的な扱いに困惑するも念願の報道キャスターに
2011年の春、RAB青森放送局を退職してフリーアナウンサーへ転身した樋田かおりさん。局アナ時代は「キャラクターのお姉さん」の立ち位置として扱われることが多く、憧れだった報道キャスターを目指して新境地へ羽ばたきました。
「退局後は東海地方の番組キャスターに就任できて、『news zero』、『ZIP!』内でローカルニュースを担当しました。待遇面や仕事内容が大きく変わりましたね。
青森放送時代はコーナーの企画立案からアポ取り、原稿作り、放送本番までのほぼすべての工程に携わっていましたが、大きな放送局では分業制が当たり前なので、番組キャスターは本番での原稿読みに集中しました」
それまで、番組制作のスタートからゴールまでを見据えて仕事に挑んでいましたが、大きな放送局では分業制が一般的。業務範囲の違いに驚きを隠せなかったそうです。
地元の家族や友人たちにもアナウンサーとして活躍する姿を見てもらえるように。しかし、ここでもかぶりものをしたり、苦手なダンスをリクエストされたりと、またも「キャラクターのお姉さん」のような立ち位置に…。
「バラエティ的な扱いに困惑もしましたが、『報道番組に関わりたい』という夢が叶いました。また、制作の業務がなくなったことで、アナウンスの仕事に専念でき、専門性を磨ける機会となりました。さらに、東海エリアの準キー局を経験したことで、『次はキー局や東京で仕事をしてみたい!』と思うようになりました」 、
新しい目標を見つけた樋田さんは次のステップに進むため、2014年に『ZIP!』を卒業して、フリーランスになりました。
都内で活動も「月収6万円のときが…」
活動拠点を東京に移し、フリーアナウンサーとして再スタートした樋田さん。しかし、すぐに現実の厳しさを知ることになります。
「タレント事務所に所属していましたが、番組のMCアシスタントやキャスターといった仕事は、オーディションに受からなければできません。オーディションに参加するのはフリーアナウンサーだけではなく、タレントやモデルといった方々もいます。
激しい競争をくぐり抜けて、やっとの思いでアナウンサー枠やアシスタント枠を勝ち取っても、レギュラー番組1本だけでは生活をしていけません。オーディションを勝ち抜いて、複数本のレギュラー番組を獲得すればいいのですが、それもあまり現実的ではありません。
また、生放送でない限りは数本まとめて収録するため、実質的な稼働は1日だけ。次の収録日が来るまでの間、『どうやって生活をしていこうか』と、悩むこともありました」
20代後半、気力も体力も十分あっていろいろと経験したい時期でした。オーディション帰りにコンビニに寄って、無料の求人情報誌を持ち帰って読むこともあったといいます。
そんなときに思い出したのが、学生時代に読んだ、地元の先輩フリーアナウンサーのインタビュー記事にあった「フリーアナウンサーはフリーター」という言葉でした。
「フリーランスなので収入が安定せず、月収6万円という月もありました。わずかながらもレギュラー番組を持っていましたが、食いつなぐように求人情報誌を読んでいる自分を振り返ってはじめて『フリーアナウンサーはフリーターって、このことなんだ』と実感しました」
結婚や出産でキャリアが止まる先輩アナを見て起業を決意
上京後、アナウンサーの仕事がない日は、大学時代のようにイベント司会のアルバイトをして過ごしました。空いた時間は、先輩アナウンサーや仕事の縁で知り合った方たちと会おうと決めたといいます。
「たくさんの先輩方と会うなかで、多くの方が30歳前後で結婚・出産をして母になり、スキルもポテンシャルも高いのに復帰の機会や仕事に恵まれず、アナウンサーのキャリアが途絶えている現実を知りました。これは“いつかやって来る自分の未来”かもしれない、と危機感も覚えました」
一方で、アナウンサーそのものでなく、『アナウンサーが持っている能力』がビジネスの現場で求められていると気づきました。
「地方局のアナウンサーは話すスキルだけでなく、交渉力や企画力が身についています。結婚・出産でキャリアをあきらめる人もたくさんいるなか、そういう人たちに、在宅でもアナウンサーのスキルを発揮できる仕事を創り出せないかと考えて、起業を決めました」
イベント司会業で知り合った経営者たちからアドバイスを受けて、会社の設立資金を募るためにクラウドファンディングに挑戦。目標金額を見事に達成し「株式会社トークナビ」を立ち上げました。
「声で伝えることを軸に置き、司会者のキャスティング、リポーター、広報業務の代行や社員教育研修などを行っています。当初は一般の方に向けたスピーチ講座を主力としていましたが、現在は『女子アナ広報室』という新たなサービスも展開しています。私のような元地方局のアナウンサーが、自社PRをあまり得意としない中小企業の代わりに広報活動を行なうサービスです」
話す力・伝える力には、コミュニケーションを容易にするだけでなく、人と人、人と会社、人と社会との関係性にいい変化をもたらす可能性が秘められている、と樋田さん。
「アナウンサーが持っている能力を惜しみなく発揮できる場所をつくれば、困っている企業を助けることができ、何かの形で社会に還元できるはずです。そんなプラスな循環を生み出したい想いも込めて、30歳を前に一大決心をして、いまがあります」
PROFILE 樋田かおりさん
岐阜県出身。2008年、日本テレビ系列のRAB青森放送にアナウンサーとして入社。報道番組のキャスター、ラジオパーソナリティなど、テレビ・ラジオの放送現場を経験。フリーアナウンサーに転身後、28歳で株式会社トークナビを設立。スピーチトレーニングや中小企業の広報サポートなどの伝える事業を展開している。
取材・文/安倍川モチ子 画像提供/株式会社トークナビ