車いすテニス界のレジェンド・国枝慎吾さんに伴走した妻の国枝愛さん。2023年1月に現役を引退した現在は、次なるステージへと向けて夫婦で足場を固めている最中だそうです。夫婦の新たな目標について、話を聞きました。(全3回中の3回)

現役引退後は夫婦のゆったりとした時間が増えて

── 2023年1月に現役を引退後は、3月に国民栄誉賞を授与されるなど多忙な日々が続いたかと思いますが、引退後の夫婦の日常に変わった部分はありますか。

 

国枝愛さん:これまで食事作りはすべて私の担当だったのですが、引退後は夫が朝ごはんを作るようになりました。目玉焼きを焼いてくれたりとか。

 

旅先の宿で、愛さんに料理を作る慎吾さん

彼としてはメディア取材のような慣れないお仕事が増えたので、緊張する場面も結構あるようです。それでも車いすテニス選手として現役だった頃と比べると、リラックスして過ごせる時間は格段に増えました。二人でお茶をしにいくようなゆったりした過ごし方は、現役選手だった頃はなかなかできませんでしたから。

 

ただ、私に関して言えばそこまで生活の変化は大きくないかもしれません。もう少し落ち着いたら、趣味だったフラメンコを再開したいなと思っています。

「引退した今だからようやく」夫婦で臨む新しい挑戦

── つい先日、国枝慎吾さんが「語学と指導者の勉強のため渡米を計画中」との報道がありました。ご夫婦で渡米を計画されているということでしょうか。

 

国枝愛さん:はい、実は夫婦で2024年からアメリカに渡る予定です。2人で住む現地の家や通う予定の語学学校もすでに下見を終えたところです。語学学校のほうは入学後のクラスを決めるための語学レベルを測る試験を2人とも受けてきましたが、結構難しかったですね。

 

まだ渡米時期ははっきりと決まっていませんが、アメリカで夫がジュニア選手への指導育成を行いつつ、夫婦でそれぞれ語学学校にも通う、という生活を予定しています。

 

── それは夫婦そろっての新しい挑戦ですね。現役時代はそれこそ頻繁に海外遠征の機会が多かったかと思いますが、海外に拠点を置くのは初めてでしょうか?

 

国枝愛さん:そうなんです。海外遠征はたしかに多かったのですが、ホテルの移動ばかりでしたから。語学力もツアーを回る際に必要なレベルの英語は話せても、それ以外のビジネスや他の領域のフィールドに関してはまだまだ不足していたので、彼はやっぱりもっと勉強したいという気持ちが強かったみたいですね。

 

ただ現役中はそちらに時間を割けなかったので、引退した今だからこそようやく、という感じです。滞在期間は、おそらく1年くらいになりそうです。私も英語を学び直すだけではなく、何かアウトプットができることがあればいいなと今から楽しみにしています。

 

2022年スペインのサグラダファミリアを訪れた国枝慎吾さんと愛さん

健常者と障がい者が互いに接点を持てる場を見つけていけたら

── 愛さんは過去にインタビューで「障がい者と健常者の接する機会を増やす取り組みをしていきたい」と語られていましたが、そう考えるようになったきっかけは何だったのでしょうか。

 

国枝愛さん:それはやっぱり夫と結婚して一緒に暮らすようになったからです。私自身は障がいがあるわけではありませんが、夫と一緒に行動するようになってやはり不便を感じる場面は今もたくさんあります。

 

駅のエレベーターをなかなか譲ってもらえなくて、予定よりもかなり時間がかかってしまうことや、家を探すのにバリアフリーという条件によって物件数がぐっと絞られてしまう現状も肌で感じています。

 

夫はもうすっかり慣れているので、「まあまあ」みたいな感じですが、横にいる私のほうが憤ってしまうことも。

 

おそらく多くの健常者の人が、障がい者と接する機会自体が少なくて、だから、不便さを想像したり、声をかけづらいのかなと思っています。私自身も100%の理解をできているとは到底言えませんが、それでも健常者と障がい者が互いに接点を持てる場を、これから何かしら見つけていけたらと考えています。

 

PROFILE 国枝愛さん

大阪府出身。大学時代からの7年の交際期間を経て、27歳のときにプロ車いすテニス選手の国枝慎吾さんと結婚。2013年にアスリートフードマイスター3級を取得。プロの第一線で活躍する夫を公私にわたってサポートし、「チーム国枝」の一員として2021年の東京パラリンピック金メダル獲得、2022年のウィンブルドン選手権初制覇の偉業に貢献する。2024年には夫婦で渡米予定。

 

取材・文/阿部花恵 画像提供/国枝愛