大腸がんの闘病記を書いていたBL漫画家のひるなまさん。かつて実父から虐待を受けていたことを著書のなかで明かしています。「虐待サバイバー」の闘病に待ち受けていたものとは?闘病する患者家族の目線で経験したことや感じたことをブログで発信する、ひるなまさんの夫さんにお話を伺いました。
闘病中の「病気以外の苦しみ」
── BL漫画家として活躍していたひるなまさんですが、38歳で大腸ガンを患ってから、その闘病記を漫画『末期ガンでも元気です 38歳エロ漫画家、大腸ガンになる』でポジティブに描いていました。昨年12月に亡くなられた後も多くの人に読まれていますが、作品のなかでは父親からの虐待を受けていた過去も描かれていますよね。
ひるなまさんの夫:僕と妻は学生時代からのつきあいなのですが、そのころから本人が虐待されていた過去があることを聞いていました。父ばかりでなく母からも、心理的虐待が長年にわたり続いたそうです。結婚してからさらに知ることになり、その恐ろしさとか、いかに抵抗できないかとか、一緒に暮らしていくうちにより深い話を知りました。年を重ねるごとに理解したんですが、本当に許せないことです。これからも、妻の両親を許すことは、絶対にありません。
── 虐待サバイバーとして、親元を離れてからは穏やかな生活を取り戻せたのでしょうか?
ひるなまさんの夫:結婚後も、過去を思い出して泣いているときがありました。あるときは親の夢を見て「すごく怖いから話聞いてもらっていい?」と。「夢で父を介護しなければいけなくなったけど、本当にそうなったらどうしよう、怖くてしょうがない」と夜中に泣いていたこともありました。妻は、過去を思い出すたび、恐怖心と闘っていたのではないでしょうか。
── 今回闘病することになり、虐待サバイバーゆえのご苦労があったと伺いました。
ひるなまさんの夫:闘病に際し、手術・入院に必要な身元保証人(生計が別の人)や、手術の立会人などが必要となります。通常なら生計が別の身内として、一人っ子の妻は親に保証人を頼みたいところですが、虐待されていたので絶対に頼みたくないわけです。
となるとお金にかかわる頼みづらいお願いを他人にしないといけません(作中では私の姉に頼んでいます)。生命にかかわるかもしれない今の状況を、伝える必要が果たしてあるのかという葛藤が、妻にも私にもありました。メンタルも体調も弱っているときにこのことに向き合うのは、過去の虐待を思い出す要素となりとても胸が痛みました。
また、手術中に患者を待つ家族は病院から緊急連絡用の電話を持たされるのですが、妻はそれを両親に持たせたくないと言っていました。自分に何かあったときの判断を任せたくないんだと。両親よりも僕や僕の姉に頼みたいと懇願されました。妻は両親とはもともと連絡を取っていない関係だったんですが、常々「実家には戻りたくない」「家に来てほしくない」「病院にはなおさら来てほしくない」と恐れていました。結局、妻も私も、姉もみな結託し、がんや手術の事実は伏せました。したがって病院に来られることもありませんでした。
病気を知り、病院に来たらきっと身内であることを理由に、強引に緊急連絡用の電話を持ちたがるだろうし、「アンタがこれをやってなかったから、ガンになったんだ」とか、「くだらないことやってるから、ガンになったんだ」とか絶対言ってくるだろうと。完全に妻の信頼を失っている関係だったんです。
僕自身もこれまでのやりとりを見ているなかで、元・義両親(夫さんはすでに向こうの家とは絶縁済み)にとって子どもは所有物でしかなく、人格を認めていないなと思うことが多々ありました。ですので、ただでさえ病気で不安になっている妻を、妻が最も憎んでいるはずの両親のことで不安にさせたくないなと思いましたね。
「親に知らせない」という選択はあってもいい
── 結果、最期の大事な時間を大切な人とおだやかに過ごせたのですね。
ひるなまさんの夫:そうですね。闘病など、命にかかわる場面であっても、親だから会わないといけないということはないんだと、同じような悩みを持つ方の参考になってくれたらという思いはあります。本人も、虐待されていた過去について漫画で描きながら、誰かの助けになれたらという気持ちがあったと思います。僕も妻を守る立場として、本人の意思を尊重できたことはよかったなと思っています。
PROFILE ひるなまさんの夫
BL(ボーイズラブ)漫画家・ひるなまさんの夫。アメブロで2023年2月から「ひるなまの夫official blog」を連載中。ひるなまさんは、末期の大腸ガンが見つかり、ポジティブな自身の闘病記『末期ガンでも元気です 38歳エロ漫画家、大腸ガンになる』をWEBコミック「COMICポラリス」で連載。その後書籍化され、著書やX(旧Twitter)は今なお多くの人に読まれている。
取材・文/加藤文惠 画像提供・取材協力/ひるなまさんの夫、フレックスコミックス