「恋愛におぼれたことはない」「漫画が描けるなら孤独でも構わない」。自分の道を信じ、他人に迎合せずに歩んだ一条ゆかりさんの覚悟の言葉は凛としていました。(全3回中の2回)

 

大好きなお寿司の話になると笑顔いっぱいで話すチャーミングな一条さん

「迷いなき人生」漫画以外を捨てる覚悟で生きてきた

── 19歳で漫画家としてメジャーデビューした一条さん。進路選択の悩みや親の反対など人生に迷ったとき、何をよりどころにしましたか?

 

一条さん:そもそも迷うということがあまりなかったんです。どちらも欲しいと考えるから、迷うわけでしょう?私は19歳のときからなんでも欲しいものが手に入るのはムリと思っていた。自分が重きを置くことをつきつめないと、一生迷子になっちゃいます。

 

── 一条さんは、「漫画と漫画以外」でも迷ったことはないですか?恋愛とか…。

 

一条さん:男に「俺と仕事、どっちを選ぶ?」って聞かれたことはありますよ。いやいや仕事に決まってるじゃない(笑)。男は裏切るけど、仕事は裏切らない。私が私を裏切ることはない、自分を信じてますから。もし同じことを聞いてみたら、相手だって「仕事」って答えたと思いますよ。お互いさまねとは思うけど、「いまはあなたよ」と言った記憶が。だっていまは仕事中じゃないでしょ(笑)。

 

一条さんが描いたキャラクターの中で、プロのプライドを表現した『デザイナー』鳳麗香のセリフ。1970年代前半連載時、女性が仕事をするのはまだまだ難しかった (C)一条ゆかり/集英社

── 漫画ではたくさんの恋愛を描いてらっしゃいますが、いたって冷静ですね。

 

一条さん:恋愛におぼれかかったことはあるけど、おぼれたことはないですね。おぼれてみたいとは思うけど。いつも客観的なもうひとりの自分が、“漫画家・一条ゆかり”を守ろうとするんです。

 

思いおこせば、どんな作品を描くべきか考えた時期はありました。例えば「描きたくないものを描いて、売れるか」と「描きたいものを描いて、売れないか」。でも、私はまちがいなく後者を選びました。実際は、読者の好みを研究して誘導尋問みたいなことをしながら描きたい作品を描いたら、売れました。人生をかけて勝負したら勝った!って気分ですね。

 

何かで悩んだときは、楽なほうじゃなくて、自分自身を好きになれるほうを選びます。19歳から「いざとなったら漫画以外すべて捨ててもいいや」の覚悟で生きてきたけど、そんな機会がなくてよかったわ(笑)。

大切なものを選べるなら孤高になるのはしかたない

── 自分が何を大切にするか。わかっていても、信念を貫きとおすのはなかなか難しいですね。エッセー集『不倫、それは峠の茶屋に似ている たるんだ心に一喝!! 一条ゆかりの金言集』にも「人はプライドだけでは生きていけないけれど、プライドを捨てては人として生きていけない」とあります。

 

一条さん:大切なものを選んだがために、孤高の人になるのは仕方ない。孤独はつらいけど、それでも自分の信じる道を選びたい。群れたり、他人に迎合や依存するのが情けなくて嫌いなんです。

 

── 信じるもののためには孤独をも選ぶ一条さんの性格は、漫画のヒロインにも影響していますか?

 

一条さん:おおいに影響しています。ヒロインたちは迷いながらも、自分の信じる道を進みます。そして、人として、職業人として、自立していきます。

 

── 一条さんの描く女性たちは、ほれぼれするほど強く生き、自立していますね。

 

一条さん:自立の基礎は、手に職、です。母娘の愛憎や孤独を描いた1974年の『デザイナー』では、「仕事におけるプライド」をテーマにしました。最後、デザイナーとして娘に敗北したように見える母・鳳麗香は、さらなる向上のためにフランスへ修行に向かいます。あのすさまじい仕事への情熱、職業への誇りを描きたかったんです。

受賞会見で大泣き「漫画を描いて報われた」

── 職業人のプライドにスポットをあてた漫画は、少女漫画で描くテーマとして当時は異色だったのでは?デザイナーやモデルが登場する華々しい業界を舞台に、ビジネスのダイナミズムやプロの矜持を描いたのが印象的でした。

 

一条さん:珍しかったです。自分の人生をとおして大切にしてきた“誇り“を、少女漫画をとおして描きたくて、読者が読みたくなるよう恋愛やファッションを取り入れ、あの舞台設定にしました。

 

── 読者の好みに合わせて、恋愛やファッションを取り入れたんですね。オペラ界を舞台にした2002〜2010年の長期連載は、タイトルそのものがずばり『プライド』です。

 

一条さん:『プライド』では、「人間としての生きるためのプライド」「人としての誇りと尊厳」をいつも考えながら描きました。それまでは自分の描きたいことを一番に描いてきましたが、途中から読者の人生を考えながら描くように…。

 

いままで支えてくれた読者が人生に迷ったときに、人生の先輩として「こんな生き方もある」と励ましたい気持ちになりました。

 

── 『プライド』は2007年に第11回文化庁メディア芸術祭マンガ部門優秀賞を受賞しました。

 

一条さん:受賞記者会見では、人目をはばからず大泣きしました。家族や周囲にバカにされていた漫画。お金を稼ぎはじめても、漫画の地位は低いまま。それでも漫画が好きだから、漫画と心中するように描いてきました。この『プライド』が最後の長編となりました。

 

PROFILE 一条ゆかりさん

1949年岡山県生まれ。1967年第1回りぼん新人漫画賞準入選。代表作『デザイナー』『砂の城』『有閑倶楽部』『プライド』『正しい恋愛のススメ』。2007年『プライド』で第11回文化庁メディア芸術祭マンガ部門優秀賞受賞。2022年『不倫、それは峠の茶屋に似ている たるんだ心に一喝!!一条ゆかりの金言集』刊行。

取材・文/岡本聡子 撮影/坂脇卓也 画像提供/一条ゆかり、株式会社集英社