不眠がちになり、さまざまな夢と現実が混ざり合っていく女性の物語『わたしの夢が覚めるまで』(KADOKAWA)を発売したばかりの、人気漫画家・ながしまひろみさん。数年前までは会社員として働いていたという意外な漫画家人生のスタートや、会社員時代とは異なる現在の仕事との向き合い方について聞きました。(全2回中の1回)
会社員から、思わぬかたちで漫画家へ転身
── 現在は、漫画やイラストのお仕事でとてもお忙しくされているながしまさんですが、数年前までは会社員をされていたと伺いました。これまでどのようなお仕事を経験されたのでしょうか?
ながしまさん:15年以上前のことですが、広告制作会社のデザイナーとして働き始めたのが、社会人としての一歩目でした。ただでさえ忙しい仕事だったのに、わたしはちっとも要領良く進めることができなくって。いろんな人に迷惑をかけながら、なんとかかんとか仕事を前に進めている感じでしたね。憧れて入った広告業界だったのに、いつしか喜びよりも苦しい気持ちのほうがずっと大きくなって。結局、その会社は辞めてしまったんです。
そのあとしばらくは働くことをお休みして、社会人学校みたいなところでWebデザインを学びました。もう少し、幅広くデザインの仕事ができるようになりたいな、と思ったんですよ。その結果、ゲーム関係のお仕事に就くことができたんですが、しばらく続けるうち、「やっぱり広告デザインの仕事に再挑戦したい」という想いがまた強くなって。「1度は挫折してしまったけれど、今度こそ」という想いで、アパレルブランドのインハウスデザイナーとして改めて働き始めたんです。
その職場が、アットホームですごく働きやすくて。ようやく居心地のいい場所と出会えた感覚でしたね。広い意味での広告ですが、自社の販促デザイン仕事も、とてもたのしかったです。
── そこから漫画家に転身されたのは、どのようなきっかけがあったのでしょうか?
ながしまさん:いま思い返せば、きっかけは、その職場の先輩たちが同時期に何人か退職してしまったことだったかもしれません。それで、わたしなりに「頑張らなくっちゃ!」と思ったんです。
そのとき、たまたま『ほぼ日刊イトイ新聞』を運営されている「ほぼ日」さんが、「ほぼ日の塾」というコンテンツづくりについて学ぶ場の塾生を募集しているのを知って。それで「よし、通ってみよう」と応募してみたら、運よく補欠のようなクラスに合格しました。
だから、最初は「会社のために」と思って踏み出した一歩だったんです。だけど、そこに通って課題を提出しているうちに「大好きなほぼ日の人たちに、わたしの描く漫画を見てもらいたい!」という気持ちがどんどん膨らんでしまって(笑)
そのご縁で、塾を卒業してからも『ほぼ日刊イトイ新聞』のサイトで漫画を連載させてもらうようになり、思わぬかたちで漫画家人生がスタートしました。
仕事の辛さは、仕事で癒やす
── その「ほぼ日」で連載されていた漫画で大きな反響を得たことで、現在の活躍や独立へとつながっていくわけですね。会社員時代とはまた違ったご苦労もあると思います。おひとりで乗り越えるには大変なこともあるのではないでしょうか。
ながしまさん :そうですね。たとえば、コロナ禍で世の中が自粛ムード真っただ中のとき、急に漫画がちっとも描けなくなってしまったことがあったんです。そのときが、すごく辛かったですね。
前作の『鬼の子』で意気込みすぎてしまったこともあるかもしれませんが、「人に会えない」という状況が、わたしにとっては思いのほか辛いことだったみたいです。喜びのない毎日のなかで、明るいお話を考えることもできなくなり、「どんなふうに描けばいいのか」と途方に暮れてしまっていました。
そんなとき、「明るい話じゃなくてもいい、子どもが主人公じゃなくてもいい。等身大の女性の話を書いてみよう」と奮い立たせて、なんとか描き始めたのが『わたしの夢が覚めるまで』でした。さらにイラストの仕事も全部お受けして、とにかく自分を忙しくさせてみたんです。そうすることで、少しずつ元気を取り戻せるようになったんですよね。「仕事の辛さは、仕事で癒やす」というのがわたしなりの乗り越え方かもしれません。
──「仕事の辛さは、仕事で癒やす」。とても前向きで素敵な仕事との向き合い方ですね。
ながしまさん:仕事をすれば、なにかはかたちになるじゃないですか。それになんと言っても、その結果、読者の方から涙が出るぐらいうれしいお手紙をいただいたり、SNSであたたかい言葉をかけてもらうことが、日々の支えになっていたりするので。
そう考えると、もしかすると、わたしはちっともひとりじゃないのかもしれませんね。すごくすごくありがたく思います。
PROFILE ながしまひろみさん
1983年、北海道生まれ。マンガ家、イラストレーター。著書に『やさしく、つよく、おもしろく』(ほぼ日ブックス)、絵本『そらいろのてがみ』(岩崎書店)、『わたしの夢が覚めるまで』(KADOKAWA)など。その他、挿画や広告のイラストレーションも幅広く手がける。電子書籍『ちーちゃん』(C's Comics)も好評発売中。
取材・文/中前結花