芸人、塾経営者、農家、仏教マニアなど複数の顔をもつ笑い飯・哲夫さん。身の回りにある好きなことを追求してみたら、仕事になったといいます。哲夫さんの“情熱の歴史”を追いました。

 

農作業をする姿が板につく哲夫さん

「般若心経がかっこよすぎて」たまらない興奮

── テレビ番組の抜き打ち検査で哲夫さんのカバンの中から、般若心経が見つかったという話を聞きましたが、本当ですか?

 

哲夫さん:ほんまです(笑)。僕、小さいころから、法事のときに般若心経聞きながら、なんてかっこいいんだろう、渋い!って感動していたんです。電車のガタンゴトンというリズムと同じような心地よさを感じていました(笑)。

 

そして高校の歴史の先生に、仏教のさわりを教えてもらって、どんどん好きになりました。それがずっと続いてたんですが、芸人になってからドッキリ企画でカバンの中身抜き打ち調査されたら、写経した般若心経が大量に見つかっちゃって。僕が仏教マニアなのがテレビでバレてしまったんです。

 

── 仏教好きがバレた(笑)。M-1チャンピオンになる前から数えて、哲夫さんは仏教の本を6冊出版。このドッキリ企画でバレたのがきっかけですか?

 

哲夫さん:そうです。さすが吉本、すぐに「本出そう!」と声かけてくれて、『えてこでもわかる 笑い飯哲夫訳 般若心経』が1冊目。

 

仏教好きがこうじて書籍を6冊出版し、各地で仏教講座を行う哲夫さん

仏教の「生きるって苦しい」が前提だったり、聖徳太子の「和をもって貴しとなす」の“みんなお互いのために尽くして仲良くしていこう”という考え方、いいなぁと思ってます。その後もお坊さんと対談したり、講座を持たせてもらったりと仕事の幅が広がってます。

 

── 芸人さんの世界は、競争が激しくて勝ち負けがはっきりしていますが、哲夫さんの仏教好きと相反すると感じたことはありませんか?

 

哲夫さん:M-1で1000万円獲ったときは嬉しかったです。でも、“勝ちたい欲”はあまりないです。だって必ず負ける人がいるから。そして、“負けたい欲”もない。運や実力などいろんな要素がからみますが、いろんな人に支えられていまがあります。“One for all, all for one.”(一人がみんなのために、みんなが一人のために)の精神で過ごせたらいいなぁ。

「借金150万円」バイトしまくって塾講師も経験

── 理想は、勝ち負けのない世界。奈良県トップの進学校から有名大学に進み、M-1で頂点を極めた哲夫さんの言葉には重みがあります。仏教好きで穏やかな印象を受けますが、落ちこんだり悩んだりすることは?

 

哲夫さん:最近は忙しすぎて、ストレスを感じるひまもないです(笑)。正直、いままでの人生でいちばんつらかったのは、大学生のときに詐欺にあったことかな。150万円もの借金を抱えてしまった。“うわー、人生終わったな”って。親にも頼れないし、必死でバイトして返しました。このときに、手当たり次第に高額バイトを探して、塾講師やホステスの送迎ドライバーもやりました。

 

デビュー当時の哲夫さん

── 必要に迫られてやってみた塾講師経験が、いまに活きているとは…。この借金が落ちついてから、お笑いの道に?

 

哲夫さん:ふつうに就職する道も考えてたんですが、途中から「いや、俺、ヤバいくらいおもろい」って気づいたもんで、これは芸人になるしかないと(笑)。それからローカルのテレビ局にはちょこちょこ出るようになり、家庭教師先の生徒に「先生、テレビ出てたやん」ってバレることも。みんなが観るような大きな番組ヘの出演が決まり、放送の1週間前に家族に打ち明けました。

 

親は「しゃーないな」という反応。おばあちゃんには「人様に顔向けできへん稼業でなくて安心したわ」って言われました。

6足のわらじも「どれも好きだから全力投球」

── おばあちゃんは孫を心配してたんですね。これまでのお話では、芸人、塾経営、仏教マニア、農家とかなり幅広く活動されてますが、まだ他にありますか?

 

哲夫さん:まだあるんですよ、全部で6足のわらじを履いてます(笑)。5足目は、花火解説者。これは僕が花火好きで、クイズ番組で全問正解したところから仕事の依頼が来るようになりました。

 

最後は、本当のわらじ作り。おじいちゃんにしめ縄作りを教えてもらい、そこから派生してわらじを編めるようになりました。実家が農家で米を作ってるので、ワラならいくらでもある。細かい作業も好きで、サクサク作れます。

 

── “6足のわらじ”ってすごいですね!時間のやりくりなど混乱しませんか?

 

哲夫さん:上手にしています。全部身のまわりの、好きなことをやっているので、ムリはしてません。全部本気で取り組んでたら、ちゃんと仕事にもなり、協力してくれる人が現れる。ほんま、ありがたいかぎりです。   

 

PROFILE 笑い飯 哲夫さん

2000年に西田幸治さんとお笑いコンビ「笑い飯」結成。2010年にM-1グランプリ優勝。2014年からは小・中学生向けの学習塾「寺子屋こやや」のオーナーも務める。仏教に関する書籍を6冊執筆。『ブッダの一生‐カネも妻も子も手放して仏教をつくったスゴい人‐』(ワニブックス)好評発売中。2020年より相愛大学人文学部客員教授。

 

取材・文/岡本聡子 写真提供/笑い飯 哲夫、吉本興業株式会社、寺子屋こやや