可愛らしい女の子の表紙に見覚えがある人もいるのでは? 『なんでも魔女商会』『ルルとララ』シリーズなどでおなじみの児童文学作家・あんびるやすこさん。長年子どもたちと接してきたあんびるさんが「今の子どもたちに伝えたいこと」とは。(全2回中の2回)

子どもが夢中になるストーリーにも「共感」は欠かせない

── どのようにして、ストーリーを考えているのですか?

 

あんびるさん:プロット(物語の設計書)にいちばん時間がかかります。そこにいちばん苦しむんですよね。“こういうテーマと切り口で書こう”と思って進めていても、何週間経ってもいいものにならない。“このテーマはもうあきらめようかな…”と思うこともあります。いよいよ締め切りが迫ってきて、編集さんに“あきらめて別のテーマでやり直したい”と相談すると、“そこをなんとか…!”って言われたり(笑)。

 

── やはりつねに「産みの苦しみ」はつきまとうのですね…。子どもが退屈をしないで読むために、どのようなことを気をつけていますか?

 

あんびるさん:子どもたちに興味を持ち続けてもらうには、登場人物に共感ができることが大事だと思っています。たとえば何か失敗をしたり、友達をつくるのがうまくいかなかったり。子どもたちが“自分もそうだな”と感じられるテーマを選ぶようにしています。

 

『魔法の庭ものがたり〜ハーブ魔女のふしぎなレシピ』より
『魔法の庭ものがたり』シリーズより

──「共感が大事」というのは、子どもにとっても変わらないのですね。

 

あんびるさん:子どもたちが実際に感じているであろう失敗や辛さというもの。モヤモヤと言葉にできないような気持ちこそが、成長の伸びしろになっていくと思っています。

 

作中の人物がいろいろな困難を乗り越えて成長するエピソードが、不自然で無理やり感があるものではいけない。共感ができる内容なら、読者も一緒に成長できるんじゃないかと思っていて。成長って、実際の体験でしかなしえないものではありますが、読書で疑似体験できることも大事だと思うんです。

 

『魔法の庭ものがたり』シリーズの登場人物紹介
『魔法の庭ものがたり』シリーズの登場人物紹介。かわいい動物たちも人気

ですので、主人公たちの気持ちの変化は丁寧に追う書き方をしています。ストーリーのなかでだんだんと主人公たちの気持ちが変わっていかないと、読者は同じように成長ができないんですよ。だからよく「あんびるさんの話は説教くさくなくていいね」って言われます(笑)。

 

以前、お嬢さんが寝る前に毎晩、読み聞かせていたというお母さんがいて、「今日はここまでね」と言って部屋から出たところ、まだ部屋の明かりがついているので覗いてみたら、自分で続きを読んでいたそう。

 

きっとそのお嬢さんは、話の続きが知りたくなって自分ひとりで読むことを始めたんだと思うんです。その経験がきっかけとなって、読書の世界に入っていったのであれば嬉しいですね。

令和の小学生は好きなものが多様化

── 今まで、あんびる先生が玩具の仕事をされていた頃の小学生の女の子と、令和の女の子の姿は変わったという実感はありますか?

 

あんびるさん:変わった点で言うと、好みの色ですね。『セーラームーン』が流行っていた頃に玩具開発をやっていたのですが、当時は「子どもたちは紫が嫌い」と言われていたんです。でもディズニー映画などの影響で、紫は国際的にも女の子が好きな色として定着してきました。あとピンクと同じくらい空色を好む女の子が増えてきて。以前と比べると、ジェンダーを気にしない子たちが育ってきているんだなって感じます。

 

 

── 確かに、ランドセルの色なども多様化していますね。

 

あんびるさん:好きなものについては、以前の子どもたちは、子ども向けに作られたものから選んでいましたが、今は間口が広がっているのを感じます。必ずしも子ども向けでないものや昔に作られたものでも、自分の感性にあっていれば選ぶ。大人になるに従って、好きなものは決まってくると思うのですが、その選択肢を広く持てるようになったのは良い方向ですよね。

 

ただ、好きなものを一つに絞らない子が増えているという気もします。これだけコンテンツが増えていると、次から次に乗り換えていくことだってできるわけで。でも、好きなことがたくさんあって、いつまでも飽きずに好きでいる。そういう感性の子が増えてきたのが、昔と違うところだと思います。

 

── 一方で、変わらない部分もありますか?

 

あんびるさん:作品のなかでも描いていますが、“こういうことに傷ついちゃった”とか、“苦手なことがあって困っている”、“本当はこういう自分でありたい”っていうような悩みですね。そこはもう昔からまったく変わっていないです。思いやりや、他者理解、あきらめずに努力することの尊さなどは、児童書でもずっと描かれているテーマです。

「やりたいことをあきらめないで」と背中を押し続けたい

── 先生は会社員時代から作品を描き続けて作家に転身されました。育児中の女性たちからは、自分のやりたいことがあっても時間が足りないという悩みをよく聞きます。

 

あんびるさん:作家を目指す人たち向けの講演会で私はこう言って背中を押します。「作家になろうと決めたのなら、家事にせよ、家族の世話にせよ、会社の仕事にせよ、忙しくてストレスがたまって、気持の余裕がなくなっても、創作を犠牲にしてはなりません。忙しいからこそやる。どんなに小さな時間でも見つけ出して続ける。そうやって続けたご褒美は必ず手にできると信じてください」今これを読んでくださっている皆さんも、やりたいことがあるのなら諦めないでほしいですね。

 

文章のみを担当している中学生向けの作品『アンティークFUGA』シリーズ

── 継続が大事なのですね。

 

あんびるさん:私が周りに心配されながらも、描くことを続けられたのは、やっぱり描くのが好きだったから。会社勤めをしながら絵本を描いていた頃は、歯医者の待合室ですらラフを描いてましたから。はたから見れば、すごく仕事に追われている人に映ったかもしれませんが、“今時間があるから、考えちゃおう”って、私にとってはごく自然なことで。

 

── お忙しそうに見えますが、どのようにして息抜きをされていますか? 

 

あんびるさん:日本の美術家の多くが加盟している『日本美術著作権連合』の代表としての仕事が増えてきてので、むしろ絵を描いたり児童書の仕事をすることの喜び度数が高くなっています(笑)。でも、年間10冊近く本を書いてた時期は、まとまった自分の時間を確保するのが難しかった。だからこそ、日常を楽しむようにしていました。

 

── たとえば、どのように過ごされていますか?

 

あんびるさん:アロマを焚いたり、コーヒーを入れてチョコレートを食べてリラックスしたり。思いどおりになる時間が少しでもあれば、自分を取り戻せる気がしています。自分のことを大事にすることが必要なのだと思います。まとまった時間を取ろうと思うと、取れなくてかえって“何もできていない…”というマイナスな気持ちになってしまいますよね。だから、ちょっとした時間を楽しむようにしています。

 

あんびる先生の愛猫のエルちゃん
愛猫・エルちゃんと過ごす時間も大切にしている

── お仕事で大事にしていることはありますか?

 

あんびるさん:児童書というカテゴリーで、たくさんの読者とめぐり合い、幸せを得られたと感じています。読者たちのために、できることをやっていきたいと強く思っていますね。子どもたちにとって、私のシリーズ作品が大人にとっての行きつけの喫茶店や居酒屋のような、そんな存在でありたいと願っているんです。

 

大人でも嫌なことがあって落ち込んで、“このまま家には帰りたくない…”という気持ちになることがあります。そういうとき、行きつけの場所に立ち寄れば、すごくほっとした気持ちになれますよね。いつ手に取って開いても、本を開けばなじみの世界がそこには広がっている。また読み直すことで、子どもたちにとって励みになったり、癒やしになったりする存在であり続けたいと思っています。

 

── 確かに、大人になってから読み直すと新たな発見がありますよね。

 

あんびるさん:児童書って子どもだけではなくて、大人が読んでもいいし、何年か経ったら、読み返して欲しい。私もよく、何年かに一度『赤毛のアン』を読み直します。そうすると、最初に読んだときには気づけなかったメッセージを感じ取ることができる。そういう経験から、自分自身の成長を実感できるはずです。

 

PROFILE   あんびるやすこさん

作家のあんびるやすこさん

群馬県前橋市出身。児童文学作家、絵本作家として『なんでも魔女商会』シリーズ、『ルルとララ』シリーズ(ともに岩崎書店)、『魔法の庭ものがたり』シリーズ(ポプラ社)、『ムーンヒルズ魔法宝石店』シリーズ(講談社)など著書多数。現在は、日本児童出版美術家連盟の監事、日本美術著作権連合の理事長も務めている。

 

取材・文/池守りぜね 画像提供/岩崎書店、ポプラ社