「これまでLGBTQだからという理由で困ったことがほとんどないんです」と、明るく笑う浜松幸(コウ)さん(38歳)。女性として生まれながら、男性として暮らす幸さんは、立ち飲み屋の店長をしながら自分らしい生活を送っています。当たり前を手にするまでの過程を聞きました(全2回中の1回)。

 

命をかけて挑んだ胸の切除手術のシーンを友人に撮影してもらった1枚

赤いランドセルはイヤ「黒マジックで塗ろうとしたら」

── 現在、男性として暮らしている幸さんですが、ご自身の性別に違和感を抱くようになったのはいつころからでしょうか。

 

幸さん:子どものころから女の子っぽい服装や遊びがイヤでした。赤いランドセルもマジックで黒く塗ろうとして両親から怒られたこともありました。

 

中学生になるときも学ランで通いたい気持ちがありながら、それが難しいとも思っていました。

 

── ご自分がLGBTQだとご自覚されたのはいつでしたか?

 

幸さん:高校生のときです。最初はまわりに合わせ、頑張って「ふつうの女子高生」っぽくふるまっていました。彼氏も作ってみたんですが、全然楽しくなくて。

 

ちょうどインターネットが普及し始めたタイミングだったので、ネット上でレズビアンの方々が集まる掲示板を見つけました。

 

女の子が好きな自覚はあったので、自分のことはボーイッシュなレズビアンだと思っていたんです。

 

ミュージカルのスタッフとしても活動する浜松さん

── 高校時代、周囲にカミングアウトしたそうですね。

 

幸さん:17歳のとき、初めて彼女ができたんです。嬉しかったから友だちに報告したいし、のろけたかった。そのためにも、カミングアウトしなくてはと思いました。

 

でも、ネットで知り合ったレズビアンの友だちは全員が猛反対で。みんな、カミングアウトしたら人が離れたり、家族から勘当されたり、つらい思いをしていたから。やさしさで反対してくれたんですよね。

 

正直なところ、僕はみんなの助言がピンとこなくて。若かったから想像できなかったんだと思います。

 

もし、周囲に理解してもらえなかったら、高校を辞めればいい!と。とはいえ、やっぱり緊張しましたね。

 

放課後、仲のいい友だちを集めて一世一代の覚悟で「じつは彼女ができたんだ」と告白したら、「へー、よかったじゃん」って。

 

拍子抜けするくらい超ふつうの反応で、「浜松は浜松でしょ」と受け入れてくれました。

 

その後、ネットで知り合った人たちとのオフ会で、“トランスジェンダー”の方に初めて会って、「自分も同じだ!」と自認しました。

 

と、同時に男の子で生きていきたいと思い、男子制服での通学を望むようになり、担任の先生にも「男子制服で通わせてほしい」と相談しました。

 

変わった担任だったので、快諾してくれつつ、「未成年だから、ちゃんとご両親に話しなさい」と。

 

両親には、彼女ができた時点でカミングアウトしていました。そして、男の子として生きていきたいこと、男子制服で通学したい旨を伝えたら「制服代は自分で払えよ」と言われました。

 

僕が言い出したら聞かないとわかっていたし、子どものころからの様子で薄々察していたんでしょうね。

 

そこから、校長先生、教頭先生、教育委員会とも話し合って、「異装」として受理されて、男性用の制服で通えることになりました。

胸を切除したのは「素肌に白いシャツ」を着たかったから

── LGBTQの方にとって、カミングアウトは大きな壁だと思うのですが、周囲はすんなりと幸さんを受け入れてくれたんですね。

 

幸さん:びっくりするくらいふつうでした。レズビアンの友だちがカミングアウトに反対したのは、僕を気づかってのことだし、すごく感謝しているんです。

 

一方で、明るい未来を示し、応援してくれる人がいたら心強かっただろうなとも思います。

 

だから、いまも「ごくふつうに楽しく生活しているLGBTQはいるよ」と明るく伝えていきたいです。

 

── 幸さんは改名をし、胸を切除する大手術もされたそうですが、そこにいたるまでの経緯を教えてください。

 

幸さん:なるべく「自分が納得する男性像」に近づきたかったんです。もともとの名前は「美幸」ですが、すぐ女性だとわかってしまうのが気になっていました。

 

でも、名前は人生で最初にもらう親からのプレゼント。だから、元の名前から「幸」の漢字をもらって「コウ」と名乗ることにしました。

 

2009年、戸籍上も改名し、SNSで報告したら、友だちみんながお祝いしてくれました。

 

外見的な面でいうと、胸が大きいのがコンプレックスでした。男性として生きていこうと決めてからは小さいベストをムリヤリ着て胸をつぶしていましたが、やっぱり限界があって。

 

素肌に白いシャツを着たくて、2010年に胸の切除手術をしました。

 

ミュージカルプログラムにも参加

術後は少し身体を動かすだけで激痛が走り、ホルモン治療は身体に合わず、つらかったです。それでも念願がかなった幸せは大きかったです。

 

── 戸籍上は現在も「女性」のままだそうですが、その部分を変える予定はありますか?

 

幸さん:現時点では、とくに考えていません。戸籍はふだんの生活で見る機会はほとんどないし、困る場面が個人的にはないなぁと。

 

それに戸籍を男性に変更するためには子宮を取る必要があります。身体に大きな負担をかけてまで変更する必要性は、いまは感じていません。

知らない誰かからの「偏見」より家族や友だちとの「幸せ」

── お話をうかがっていると、幸さんには気負いがなく、とても自然体ですね。

 

幸さん:そう思います。じつはこれまでLGBTQだからと、色眼鏡で見られたことがあまりないんです。

 

「男性として生きる、マイノリティな道を選んだのは自分」というのが根底にあるからかもしれません。

 

もしかしたら気づかないうちに、偏見を持って僕から離れた人もいたかもしれません。

 

でも、そういう人はそもそもの価値観が違うから、あえてつき合わなくていいと考えています。そのせいか、「なぜ社会は僕を理解してくれないんだ」とはまったく思わないです。

 

僕にとって大切な家族や友人たちが受け入れてくれればそれで幸せだし、知らない誰かの評価を気にするより、いまある幸せに目を向けたいんですよね。

 

もちろん、人生をかけてLGBTQの啓もう活動をされている方々のことは尊敬しています。

 

僕も大学でLGBTQの講義などをすることはありますが、社会を変えるための活動家にはなれないし、なりたくない。

 

自分の役目は、ゴキゲンに日常生活を過ごすことだと考えています。

 

LGBTQという存在が知識としては広まってきていますが、実際に会ったことのある人はまだ多くないはず。一般の人たちが初めて出会うLGBTQは僕かもしれない。

 

そのときに、僕が毎日楽しく暮らしていたら、「ふつうの人なんだな」と身構えなくなり、今後のLGBTQの印象が変わる気がしています。

 

取材・文/齋田多恵 写真提供/浜松幸