転機になった武田鉄矢さんのひと言
── 学業と仕事の両立で大変な日々だったと思いますが、デビュー後も順調に活躍の幅を広げていらっしゃいます。ご自身のなかで試練だったことはありますか。
平原さん:
いちばんの試練はデビュー当時ですね。何もわからないままでしたし、しょっちゅう風邪をひいていました。それまで喉を使ってきていなかったのに連日歌うことになって喉を痛めてしまい、体に不調が出ていたんです。ファーストツアーは鼻をかみながらでした。
歌手としての下積みがなくデビューしているから、人より壁が多くて分厚かったですし、まったく不慣れなものを始めた感覚でいました。
デビューして19年が経ちますが、ずっと葛藤しています。葛藤していないときがないんじゃないかな。毎回壁にぶち当たって、それをどんどん突破していく日々です。
初めてドラマに出たときも悩みました。泣くシーンがあったのですが、女優じゃないからどうやって泣こうかといろいろ考えました。家族に辛いことがあるとか、良からぬことを考えたり。そうしたら心がおかしくなってしまったんです。何も悲しくないのに涙がポロッと出てくることもありました。
当時、仕事をご一緒していた中井貴一さんに聞いたら、「僕は自分の人生で泣くんじゃなくて役として泣いている」とおっしゃっていました。そうか、プロの方はこうしているんだと。
武田鉄矢さんも、「自分ごとと捉えて泣いたらいかん」とおっしゃっていて。これからもし何か役をいただいて泣くシーンがあるとしたら、役として泣かなきゃって。これもひとつの転機でしたね。
できないことに挑戦し続けているので大変だけれど、できることが増えていくのは楽しいですし、それを選択しているのも自分なので、まったく後悔はありません。不思議なことに、次々と新しいチャレンジが生まれてくるんです。ミュージカルに出演したときもそうでした。
── ミュージカルでの挑戦はどんなことでしたか。
平原さん:
ミュージカルはもともと好きで、学園祭でもミュージカルに出たことがありました。でも私がオファーを受けたのは「オペラ座の怪人」の続編「ラブ・ネバー・ダイ」のヒロイン、クリスティーヌ役で。歌手にはなったものの、それまでオペラは歌ったことがありません。
一度は断ったんですが、次は本国からと再びお話をいただきました。「もうこれは頑張って受けるしかない」と思ってお受けしたのですが、本当に受けてよかったと思っています。自主練を重ねたオペラの発声のおかげで、結果、ポップスの歌唱も強くなりました。
そこからだんだん、難しい挑戦が来ても断らないようにしようと思うようになったんです。絶対、縁があってきているわけだし、そこでもがくことによって違う世界が待っている。難しいと思う挑戦ほどするようにしています。
PROFILE 平原綾香さん
2003年『Jupiter』でデビュー。日本レコード大賞新人賞、日本ゴールドディスク大賞特別賞、レコード大賞優秀アルバム賞などを受賞。2015年「平原綾香 Jupiter 基金」設立。ラグビーW杯2019開幕戦で国歌⻫唱を務める。今年6月には新曲『キミへ』を含むアルバム『想い出がラブレター』をリリース。ミュージカルにも多数出演。最近は中国のバーチャル歌手、洛天依とコラボし中国語で歌唱している。
取材・文/内橋明日香 写真提供/Office MAMA 撮影/(プロフィール写真)Kazumi Kurigami