日本で初めて映画が上映された街・神戸。映像作品のロケ誘致を行う専門機関「神戸フィルムオフィス」も全国に先駆けて設置され、これまでに支援した作品は3300以上にのぼります。そんな神戸フィルムオフィス代表の松下麻理さんは、ウエディングプランナーや神戸市職員など、さまざまな仕事を経験してきました。「行き当たりばったり」と語る松下さんの人生についてうかがいました。

憧れの神戸で憧れの仕事

── 奈良県のご出身ということですが、最初の就職先に神戸のホテルを選ばれたのはなぜでしょうか。

 

松下さん:
昔から神戸に憧れていました。おしゃれでキラキラしていて、1980年代当時の神戸は成長スピードもすごく速かったんです。親からは「家から通勤できるところにしてほしい」と反対されましたが、途中からは諦められましたね。人と接する仕事がしたかったので、ホテルの仕事を選びました。

 

── ホテルではどのような仕事をしていたのでしょうか。

 

松下さん:
1984年に神戸ポートピアホテルに入社し、最初の3年間はレストランキャッシャー(会計担当)でした。一度のディナーに5万円、10万円ものお金をポン、と支払う人たちがたくさんいる時代。幸せそうな顔がたくさん見られて、ホテルの仕事は素敵だと感じていました。

 

その後、ホテルをいったんは離れましたが、やっぱりホテルの仕事が好きだと再確認し、神戸に新しくできた西神オリエンタルホテルのオープニングスタッフに応募。もともと希望していたウエディンプランナーとして働くことになりました。

 

── ウエディングの仕事は思っていた通りでしたか。

 

松下さん:
そうですね。3か月から1年もの期間をお客さまに寄り添い、2人の幸せそうな姿を見届けられる。「これは天職だ!」と思い、とにかくがむしゃらに働きました。

 

ただ、入社して2年後の1995年、阪神大震災が起こります。ホテルがある地域は、そこまでの被害はありませんでしたが、そこから1年ほどは式を取りやめられたり、規模を縮小されたりするお客さまがほとんどでした。

 

でも、どの選択肢も「正解」です。そのとき、たくさんの人が集まってお祝いできるのは当たり前ではないこと、一人ひとりにいっそう向き合うことの重要さに気づかされましたね。

 

── 人と向き合ううえでは何が重要でしょうか。

 

松下さん:
相手が求めているものを考えることです。自分の思い込みだけで相手に近づくと迷惑をかけてしまうことがあります。

 

ホテルのスタッフでも「クレームを受けやすい人」のタイプって実は決まっていて、「自分の言うことが正しい」と思っている人なんです。そうではなくて、選択肢を示しながら、お客さま自身が選んだことを「素晴らしいですね」と言える、こういう人はお客さまから可愛がられていました。

 

取材に応じる松下さん(撮影/松田小牧)