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居場所を失い転職活動までしたワーママが会社に残ると決めた理由

仕事

2021.05.07

育児をしながら仕事をしていれば誰しも感じることだろう。「ああ、もう5時半、保育園のお迎えに行かなくちゃ。後輩はまだ仕事をしているのに、申し訳ない…」「この重要な案件、しっかりやろう。そう思った日に限って子供が熱を出して仕事に行けない…」。



神奈川県に住む鈴木愛さん(37)もそんな育児と仕事の葛藤に悩み、転職を考えた一人。しかし、彼女は辞表を出す前にある行動をとったことで、会社を辞めずに残るという決断をした。その一つの理由とは何か。 

 

鈴木愛さん(本人提供)

自分の居場所がなくなっていく感覚

愛さんは2011年に都内に営業所がある医療系IT企業「株式会社メディアコンテンツファクトリー」(本社・福岡市)に転職し、営業職として活躍していた。医師が診療を終えた夜間にも訪問し、飛行機や車で飛び回る日々だった。14年に結婚。16年10月に長女を出産し、約1年半の産育休を取得。再び頑張ろうと2018年4月、復帰した。



しかし、子どもがいて夜間は保育園の迎えがあり、仕事のために動けない。復帰してすぐは産育休前の外勤営業職ではなく、これまでの営業経験を活かした内勤営業として、社長直下の「営業・マーケティング担当」として働くことになった。19年7月には新設されたマーケティング本部で、インサイドセールスの立ち上げを任されることになる。医師の昼休みの時間帯を見計って電話をかけるなど工夫をこらし、時間制約のある中での営業方法を確立していった。だが20年10月、後輩の女性2人が加わったころから状況が変わっていった。



少しずつ後輩に仕事を引き継ぐよう言われ、引き継いでいくうちに自分の居場所を失う感覚を覚えた。自分が苦手とする数字の分析や広告用の記事執筆などを任され、次第に「つまらなくなった」という。苦手な業務内容から仕事も思うように進まず、それにもストレスを感じていた。

 

転職を考えた日々、子供にも当たってしまう

仕事のストレスから帰宅後、子どもや夫に声を荒げてしまうこともあったそう。機嫌が悪い状態が続いて、子どもに「遊んで」と近寄られても「嫌だ。早く寝てもらって仕事をしないと間に合わない」と焦るようになった。「これでいいのか。転職しよう」。そう思うのは自然の流れだった。元来、外に働きに出ることが好きだったので、辞めて専業主婦になるという選択肢はなかった。



転職活動を開始し、転職エージェントにも相談。大手や育児中の女性を中心に人材紹介する会社など幅広く面談した。親身になってくれたエージェントに言われた。「育児中のお母さんは安易な気持ちで転職するのはおすすめしない。日本では、正社員の席は一度手放すとなかなか手に入らない」と慎重な判断を求められた。



本当に転職していいのか悩んだ。コロナ禍以降、新たな勤務形態として部署ごとに週に数日の在宅勤務も認められ、毎日出勤する必要がないことは体力的にも非常に助かっていた。約10年も勤務してきて気心の知れた同僚もいるし、時短正社員ではあるもののお給料も悪くない。

一方で、週2回の出社とはいえ、自宅から1時間15分かかる職場で子どもに何かあったときに駆けつけられるのか、正社員として求められる激務に耐えられるのか葛藤した。夜遅くまで働ける上、自分の苦手分野でもさして苦労している様子はなく日々の業務をこなしている新入社員が優秀に見え、自分が働いていていいのかと悩んだ。



「自分は何もできない人間なのではないか」そんな不安がかつて営業のトップセールスを誇った愛さんの心を覆っていった。



そんな気持ちの中、転職活動を進めた。しかし、新型コロナウイルス感染拡大の影響で採用募集も少なく、年齢や未就学児がいるお母さんであることからも書類選考を通過するだけでも片手におさまるほど。面接に行っても、「子どもがいて、急な残業や出張はできない」と伝えると次の選考の案内は来なかった。通過しても、さらに厳しい仕事が予想される現場ばかりで、子どもを抱えつつ働けるとは思えなかった。

 

そんな思いで働いていると本業にも力が入らず仕事がまったく片付かない。ますます落ち込むループに入り込んだ。



社長に転職を考えていることを告白

そんな中、愛さんは思いきった行動に出た。コロナ禍の在宅勤務が続く中、20年12月に社長が約40人の正社員を対象に、オンライン面談をすることになった。愛さんは面談で仕事が辛いと打ち明け、「外に行くことも目を向けています」と転職活動中であることを伝えたのだ。「このままではだめだと思った」と愛さんは振り返る。

 

社長は、親身に愛さんの気持ちを聞いてくれた。そして、こう答えた。「若い時のように、ただ仕事だけを考えて働き続けることが難しいのはよく分かる。育児をしていて、若い人より体力がないのも分かる。家庭を持つと全力で働けない時期があるのも分かる」。

 

そのうえで、社長は言った。「それらを受け入れ、昨日より成長した自分を見てあげたらいい」。

 

愛さんは、ふっと心が軽くなったという。「自分は会社の人の評価ばかり気にしているから辛かったんだ。自分は昨日より成長している、と思えたらいい。今は全力をかけられない時期なのだから」と、良い意味で諦めがついたという。

 

愛さんは、転職を思いとどまり、会社に残ることを決めた。

 

通常は、ここまで本音を会社のトップに話す機会もないし、話す度胸も持てないだろう。葛藤している本人も何が苦しいのか分からないまま、ただ、辞表を出す、転職するという選択をしてしまうこともあるかもしれない。

 

転職を決める前に、自分が何に葛藤しているのかしっかり考え、その思いを上司に話せたことが彼女の決断を変えた大きな理由となった。

 

写真はイメージです

「オープンドアポリシー」が成功の秘訣

愛さんが話せたことは偶然ではない。前職のホテル勤務時代、「オープンドアポリシー」というものがあったからだ。愛さんが言うには、人事部のドアは常に開いており、直属の上司に相談できないことなど、苦悩した時はいつでも相談して良い、という考え方だそう。

 

社長に本音を話してから視点が変わった愛さん。得意でないことはうまくできないこともある、人生の中で仕事にフルスロットルで向き合えない期間があるのも当たり前と受け入れた。

 

最近では悩んでいる人の気持ちをラクにする役回りをしようと、以前に増して周囲を気にかけたり、後輩の相談にも乗るようになった。気づいたらまた仕事が楽しくなっていた。21年4月、再び好きな営業職に戻ることになった。

 

愛さんは「結婚、出産は予想より大変だったが、お母さんだから見える視点が仕事でもいかされている。小児科の先生に営業する時の説得力が違いますからね」と笑顔で話し、さらに仕事と育児を充実させていた。

取材・文/天野佳代子

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