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父と違う道を選ぼうとも、その背中から学んだことは一生忘れない

子育て

2021.04.23

中学生のトニーニョくん(15歳)と3人で暮らす、漫画家の小栗左多里さんと外国人でジャーナリストの夫・トニーさん。

 

夫婦で子育てをしていくなかで「異文化で育った者同士はどうやったら折り合えるのか?」と試行錯誤した経験から感じたことや自分の幼少期の体験を、それぞれに語ります。

 

今回は、前回(※)に引き続き「職業体験」について。トニーニョくんの職業体験についての左多里さんの回想を受け、トニーさん自身が父親の職場で仕事を体験したときの思い出を語ってもらいました。

父と違う道を選ぼうとも、その背中から学んだことは一生忘れない

「子どもは親の背中を見て育つ」という、いいことわざがある。肝心な部分は「背中」。これは、親が子どもをあまり意識せず、普段忙しくしているときの背中を指していると思う。僕の父親の背中は子ども時代の僕に何を伝えていたのかと、最近よく考えている。

 

ビジネス服を着てオフィスで働く人を「ホワイトカラー」労働者(白い襟=事務系労働者)と言う。それに対して、作業服を着て働く人は「ブルーカラー」労働者(青い襟=作業員)と呼ばれてきた。父の襟はたぶん、そのどちらでもなかった。言うならば「水色」だったのではないかな。

 

歯科技工士だった彼はよく白衣を着ていたので、その文字の通りでいけば「ホワイトカラー」労働者だった。でも、父はモノを作ったり直したりする自分の技能を売りにしていたので、専門的知識を生かして仕事する「作業員」という立場に近い。それに、職場にはタイムレコーダー(出勤記録時計)まで設置してあって、雰囲気はオフィスというより工房。だから彼の襟は白と青の混ざった、水色。

 

ときおり父は知人に歯の直しを直接頼まれ、その作業を家で行っていた。わが家はそれほど広くはなく、収納スペースが限られていたので、花瓶や飾り物を置きたいようなところに「誰々さんの歯」がよくおいてあった ——「誰々さん」がそれを取りにくるまで。好奇心旺盛だった子どもの頃の僕は、人の歯を見るのは面白かったけれど、それを食卓にまで置くのはちょっとな…と思っていた。

トニーさんイラスト

父の職場で初めて職業体験をして得た意外な知識

父は僕を歯科技工士の道へ誘ったことはない。直接的には。でも、2、3回職場に連れて行ってもらったことがある。これは言ってみれば、初の職業体験。入れ歯を研磨するときの音やそれに伴う匂いは、今もなお覚えている。

 

父の働きを注意して観察したときもあれば、正直そうでないときもあったが、その経験のおかげで、一般の人よりは義歯の作り方についての知識を持っていると思う。一見すると、その知識は無意味だ。確かに、自分が歯科関係の道を職業として選ばなかった以上、たとえば患者さんの歯の型取りをどううまく作るか、あるいは義歯がぴったりフィットするようにどう調整するかも、今の自分の生活に直結するものではない。

 

でも、子どもが歯科技工体験で習えるのは歯科技工だけではない。父が得意先(歯医者)と電話でやり取りしているのを聞いて、「礼儀」や「交渉」を覚えたところもある。そして入れ歯を修理してもらった「誰々さん」の喜ぶ顔も、子どもの自分に影響を与えたように思う。「お客さんのニーズを理解し、彼らの満足こそ自分の満足だ」と言う父の姿勢には、人間関係を円滑にする秘訣が潜んでいた。

僕も結局、父と同じ「水色の襟」なのかも

さて、文筆業を営んでいる今の自分の襟は何色か。英語でこの職業を「wordsmith」とも言う。鍛冶職人(blacksmith)や金細工職人(goldsmith)と同じく、最後に付くこの“スミス”は職人を意味する。だから襟が「青」かな。でも、作業服は着ないし、人前で背広姿で講義・講演もするので「白」? いや、結局父と同様に、その両方が合わさった「水色」だな。

 

そんな僕の背中を見て、我が息子も育っていくのだろう。

文/トニー・ラズロ イラスト/小栗左多里

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