およそ9割の人が右利きと言われ、社会の多くのものが右利き用に作られているなか、日本左利き協会の発起人で、利き手に関する相互理解を深める活動を行っている大路直哉さん。自身も左利きで、左利きに関する著書も出している大路さんに話を伺いました。
左利きの方が感じる不便さ
──左利きと言っても、その背景や度合いはさまざまあると伺いました。
大路さん:
生まれつきあらゆる動作で左手を使う左利きの方もいますし、文字を書いたりボールを投げたりするのは右手というように、利き手の度合いにはグラデーションが存在します。
Cross-dominance(クロスドミナンス)といって動作によって使う手が異なることを意味する言葉もあります。また、両利きの方もいますし、病気やケガなどが原因で、後天的に左手しか使えなくなる方もいます。
世の中の多くのものが右利きの方向けに設計されていますが、左利きの方が一方的に不満をいうのは違うと思っています。私が提唱したいのは、右利きの方にも利き手に関する実感を伴った好奇心を育んでいただきたいということです。
──実感を伴った好奇心とはどんなことでしょうか。
大路さん:
ユニバーサルデザインのものを使ったり、バリアフリーに配慮した施設を訪れたりして実際に体験してもらうことで、お互いにアイディアを出し合いながら、試行錯誤して誰もが生活しやすい社会を創っていくことが大切だと思っています。
──具体的に、左利きの方が生活の中で不便に感じていることを教えてください。
大路さん:
1998年に日本デザイン学会で発表された、利き手に対する配慮に問題がある製品や設備の一覧があるのですが、そこから年月が経っても基本的に左利きの方が使いにくいものに変わりはないものが多く存在します。
たとえば、ビデオやカメラ、ウォシュレットなどのボタンの位置、パソコンを使用する際のマウス、ハサミや包丁、スープをよそう際などに使うレードルなどは多くが右利き用に作られています。
便利そうに見える無人化した最新の設備や機器の多くが右利き仕様であることで生じる「サイレントストレス」を含め、左利きの方は日常のなかで少なからず使いにくさを感じているのです。
左利きならではのメリットも
──不便なことも多いと思いますが、一方でスポーツの分野などでは左利きが有利だと言われることもあります。大路さんが考える左利きの方のメリットはなんでしょうか。
大路さん:
生活環境が左利きにとって不便だからこそ、左利きの方は多角的に道具や設備、ルールなどを察する機会に恵まれています。そのため右利きとは違った視点や思考が形成され、左利きの個性や才能を育む一面があると言えます。
一般的には脳の機能面から左利きの個性が語られることが多いのですが、そういった環境の面から、問題解決や創造性が生まれると考えられています。また、そこから他者への思いやりや配慮も生まれます。
協会で実施したアンケートのコメント欄に「右利きの方と腕がぶつかるので、食事の際はいつも左端と場所が決まってしまうし、ぶつかってしまったらすみませんと言わなくてはならないが、左利きの人は右利きのせいにはしない」というものがありました。
気遣いの心は他者への共感力として人間関係やより良い社会を築くうえで大切な要素だと思っています。
左利きは矯正すべきなのか?
──左利きが矯正される時代もあったかと思いますが、最近は利き手の矯正についてどんなことが言われているのでしょうか。
大路さん:
協会で2019〜2020年に行ったアンケートでは、64歳〜74歳の8割以上の方が幼少期に利き手の矯正を受けた経験があると回答していますが、15〜24歳では4割弱に減っています。
2016年にノースカロライナ大学が、1歳前後の子ども131人を対象に行った手の器用さに関する研究を発表しました。ものを積み上げる能力と利き手との相関性について調べた結果、左手か右手を多く使う子が、両手を使う子や手をあまり使わない子に比べて能力が高いことがわかったそうです。
また、2017年のフロリダ国際大学の研究では、1歳半〜2歳までの子ども90人を対象に手の使用と言語の発達について追跡調査したところ、両手を使わせるよりも利き手をしっかり使わせた方が言語の発達に優れるという結果が出ました。
つまり、利き手を多く使う方が言語発達や手先の器用さ、空間把握能力の発達に良いということです。
今は、箸や筆記具などには左利き用の補助器具もありますし、ハサミや定規には左利き・右利きの方どちらにとっても使いやすいものもあります。左利きが矯正されてきた時代もありましたが、私としては利き手を使うことが良いと思っています。
もし親御さんが右利きで、お子さんが左利きの場合に文字の書き方などを教える際は、後ろに回ったり横に座ったりするのではなく、対面で、鏡合わせのようにすると左利きの子が視覚的にわかりやすいかと思います。
便利さが右利きの方への不便を生むことも
──自動化やIT化によって、実は右利きの方にも不便なことが起きていると伺いました。
大路さん:
たとえば駅の自動改札は、右側に読み込む場所があり、右利きの方が使いやすいように設計されています。ただ、右利きの方が電子マネー決済対応のスマートウォッチを左腕に着けていると、改札を通る際には、腕を右側にクロスしてタッチする必要があります。
IT化が進み、無人のものが増えてきていますので、人間が機械に合わせなくてはならなくなっているように思います。便利ではありつつも、右利きの方もサイレントストレスを感じやすくなっていると言えます。
それとは逆に、高速道路でETCができる前は直接、人に支払いをしていました。ETCが設置されたことで便利になるとともに利き手が関係なくなったものもあります。ユニバーサルデザインなど、さまざまな企業が手がけるような利き手に対する配慮がどんどん進んで、無人化されたものにも進んでいってほしいと思います。
PROFILE 大路直哉さん
日本左利き協会 発起人。左利き。20代の頃、イギリス滞在中に左利き専門店と遭遇し利き手への探究心が開花。帰国後、左利きへの問題意識を深め『見えざる左手』(三五館)、『左ききでいこう!』(フェリシモ出版/共編著)を出版。利き手の左右を超えた意識共有を目指している。
取材・文/内橋明日香