「仕事が好きで、会社を休むこと自体に抵抗がありました」と話すのは、アディッシュ株式会社の山田紀貴(やまだ のりたか)さんです。202073日夜から4日朝にかけて熊本県の県南部を襲った集中豪雨(※)で、山田さんの友人や知人が家を流されるなど、大きな被害がありました。

 

山田さんは当時、会社の支援制度を使ってボランティア活動を経験。最初は「地元の役に立ちたい」という思いだけで現場に赴いたものの、その経験は山田さんの価値観、またチームの働き方にも変化をもたらしたといいます。

アディッシュ 山田さん
山田紀貴さん。2019年アディッシュ株式会社入社。スクールガーディアン事業部運用統括を経て、現在はサービスデリバリー事業部 副事業部長として売上向上の戦略立案をはじめとした事業全体の推進に携わる。大切にしていることは、感謝と承認。

くすぶっていた「過去の震災で何もできなかった」という後悔

── 山田さんは福岡オフィスの勤務だそうですね。ご実家は熊本なのですか?

 

山田さん:

熊本県人吉市です。2020年の熊本豪雨ではこのエリアを中心に県南部で豪雨が降り、大きな川も氾濫して土砂崩れが相次ぎました。

 

人吉市には、球磨川という日本3大急流の1つに数えられる大きな川があって、橋や鉄道のレールなどが何か所も通っているのですが、それがすべて水に浸かったんです。橋は折れて跡形もなくなっていました。

 

見たこともないほどの雨水が町を覆っていて、まるで大きな湖を見ているようでした。私は豪雨が起きてから5日後に人吉市に入り、その光景にショックを受けたのですが、知人は「これでも水が引いた状態なんだよ」と。本当に大変な状況でした。

熊本豪雨での球磨川の様子
災害当日の様子。写真は山田さんが友人から送ってもらったもの

── 災害が起こった日、山田さんはどうされていたのですか。

 

山田さん:

7月4日の朝5時頃に実家の母から電話があり、「避難指示が町中に飛び交っている」と聞きました。その後も地元の友人や知人から連絡があって、事の重大さを知りました。そんなタイミングに、福岡に住む祖母が亡くなったと連絡が入って…ひとまず祖母のもとに向かいました。

 

祖母の葬儀の準備を手伝うなかでも、地元の被害が気になり、いろんな考えが頭をよぎりました。そのとき思ったんです。今まで災害が起きたとき、自分は何もできなかったよな…って。東日本大震災や熊本地震、西日本豪雨で、知人の家が倒壊したり流されたりしたけれど、物資やお金を送っただけで、何ひとつ力になれなかった、という心残りがありました。

 

だから、今回は「後悔したくない」という思いがすごく強くて。「祖母の葬儀が無事に終わった後にはアクションを起こしたい」と、自分に何ができるかをずっと考えていました。

「仕事は休むべきではない」という自分の価値観が壁に

── 災害に遭った知人たちのために行動を始めたんですね。その際、どんなことが大変でしたか?

 

山田さん:

まず、私自身の価値観がハードルになりました。昔から仕事が好きで「仕事人間」を自負していたこともあり、実は有給休暇を取ったことが一度もなくて。2019年にアディッシュに転職してからも、病欠も遅刻もゼロ。とにかく「仕事は休むものではない」という不動の価値観がありました。

 

有給休暇の取得を推進する管理職という立場にありながら、自分自身はとにかく仕事がしたいという思いが強くて…休みを取る習慣がなかった。そんなときに熊本豪雨があったんです。

 

── その後はどうしたのですか?

 

山田さん:

有給休暇を消化できていなかったこともあり、「有給休暇を使って被災した熊本に行きたい」と上司に相談しました。すると、「もちろん。行ったほうがいいですよ」と受け合ってくれました。その上司は東北出身で、東日本大震災のときにボランティア活動を経験したそうなんです。「気持ちはすごくよくわかります。休んでください」と言ってもらえ、ホッとしました。

 

そのとき、上司が「制度があったはず」と総務部に確認してくれて。災害で家族や知人が被災したときに支援したいメンバーに対して、費用をサポートする取り組みがあることを初めて知りました。

 

当時はまだ制度化されていなかったのですが、私の状況に合わせながら、使いやすいように整えてくれ、「災害サポート制度」という形で活用することになりました。私の場合、5日間の特別休暇を取得し、福岡から熊本までの往復の交通費、物資の配布に使った費用、作業用の衣類代などを全額サポートしてもらいました。

 

「会社としても力になるから頑張ってきてください」と声もかけてもらえて、心にグッときました。そこで初めて「しっかり休んでボランティアを頑張ろう」と前向きなアクションを起こすことができたんです。

家も食べ物も着る服もない人たちに物資を配布

── 現地には何日滞在して、どんなボランティアを?

 

山田さん:

最初に特別休暇の5日間と前後の土日をあわせて10日間、ボランティア活動をしました。その後も1か月くらい、土日を使って熊本に行きました。

 

まず、僕個人で、飲み物や電池、タオルなどを集めました。その後、缶詰、お湯だけあれば食べられるカップ麺、洋服類などをボランティア隊で集め、車1台いっぱいに積み込んで、避難所になっていたお寺に運んでは物資を配布していました。

 

当初は知人に物資を届ける予定でしたが、被害の大きさが予想以上で。高台にあるそのお寺には物資を待つ人がたくさんいたので、その方々に順番に渡していました。「家もない」「食べ物もない」「明日着る服もない」という急を要する人たちでいっぱいでした。

 

私の実家は高台の場所にあったのでたまたま被害は免れたのですが、友人や親族には、家ごと流されて住む場所すらなくした人たちも多くて。子どもたちも大勢いたので、お寺でご飯を作ったり、子どもたちが寝るまで一緒に過ごしたりしていました。

熊本豪雨のボランティア時に見えた虹の風景
ボランティアの最中、お寺から見えた虹

チームメンバーが困ったことを相談してくれるように

── ボランティア活動では想像を絶するような経験をされたのですね。

 

山田さん:

はい。自分がどれほど役に立てたかはわかりませんが、そのときに必要とされていたことに対して動けたのはよかったと思います。

 

また、このボランティア活動がきっかけで、職場の雰囲気が変わったと感じています。私が特別休暇を取ったことで、チームメンバーがより働きやすくなったのではないかなと。上司の私が休みを取らずにいた頃は、メンバーも休暇を取りにくさを感じていたかもしれません。

 

ボランティアのために休暇を取る私を皆が「仕事のことは心配しないで」と送り出してくれたのですが、それ以来、メンバーたちも気軽に休暇が取れているようです。

 

── チームメンバーの働きやすさにもつながったのですね。

 

山田さん:

そう思います。僕自身もメンバーの接し方や働き方が変わりました。今までは、メンバーに対してプライベートでの困りごとなどにあまり寄り添えていなかったように思います。例えば、春の大雨の際に、チームメンバーのなかに玄関が浸水して出勤が大変だった者がいたそうなのですが、そのことを私はつい最近知ったんです。相談しにくい雰囲気があったのだと反省しました。

 

ですから、「今後はどんなことでも相談してほしい」と話しています。それもあってか、メンバーが困りごとについて相談してくれる機会が増えましたね。

 

── それは素晴らしい変化ですね。そのほかに何か得たことはありますか?

 

山田さん:

被災地のお寺で子どもたちと関わった経験は大きかったです。やりとりをするなかで子どもたちは少しずつ心を開いて悩みや夢を語ってくれました。そのときの対話の経験から、ネットやテキストだけではないリアルなコミュニケーションの良さを実感しました。その知見を、今携わっている子どものためのサービス事業に活かせていると思います。

 

── 今後、もし山田さんのようにボランティア活動をしたいという方が現れたら、なんと言葉をかけますか?

 

山田さん:

災害は起きないほうがいいことは当然ですが、僕自身、行動したことで価値観やその後の行動が大きく変わりましたし、人への思いが強くなりました。そういった経験はなかなかできることではありません。

 

ですから、もしやりたいと思うなら、自分の思いをぜひ実行に移してほしいと伝えたいですね。会社にとっても、そういった経験をしたメンバーは、周りを巻き込みながら一緒に成長できる大切な存在になるはずです。

取材・文/高梨真紀 写真提供/アディッシュ株式会社・山田紀貴さん
(※)参考/熊本日日新聞「特集 熊本豪雨1年」 https://kumanichi.com/theme/gouu2020/year