近年の調査によると、若者の離職率は上昇していると言います。その原因の1つはなんと職場の「ゆるさ」にあるとリクルートワークス研究所の古屋星斗主任研究員が調査分析し、話題となっています。一体どういうことなのでしょう。
仕事の負荷が低くて辞める若者たち
── 古屋さんは若者が辞める理由は職場の「ゆるさ」にあると提唱されていますよね。「ゆるさ」とはどういうことでしょうか。
古屋さん:
従来の考え方ですと「職場がきついからやめる」というイメージがありました。しかし、現在調査をしてみると、職場の負荷が低い、つまり「ゆるい」と感じている方が増えています。そして、その「ゆるさ」に対して不安を感じる層も増えているのです。仕事の負荷が低くて不安に思い、辞めていく人がいることを理解しないと、どのように新人を組織に迎えていくのか、この問題に対して良い答えは出せません。一見、働きやすそうな環境なのに、若者は不安を感じているのです。
── 二極化していくことで、新人の離職率は上がっているのでしょうか?
古屋さん:
全体でも上昇傾向ですが、特に1000人以上の大手企業の離職率がこの10年間で20.5%から26.5%へと上がっています。
一方で2010年代以降、働き方改革もあり、コンプライアンス重視の流れが広がった大手企業を中心に、新入社員の労働時間は減ってきています。労働環境は改善されているのに、離職率は上がっている、合理的に説明できない難問に企業は直面しています。
── 「ゆるい」職場と若者が感じるようになったのはどうしてでしょうか。
古屋さん:
直接的な影響は労働法制の変遷です。2015年の若年雇用促進法が皮切りです。
社員の残業率、有給休暇取得率等を開示せよという法律で、現在は就職活動をしていてこのデータを参考にしていない学生はいないと言って良いでしょう。たとえば、残業時間が月30時間を超えると長いと感じる方が多いようです。
その後もさまざまな職場運営ルールに関する法令ができ、日本の職場はどんどん改善されてきました。もちろん良いことですし、社会規範の変化が背景にある法令改正が理由ですので、この職場の変化は「不可逆な変化」です。
今の新入社員は入社前に多様な経験を積んでいる
── 若者がその環境でやめていくのはなぜでしょうか。
古屋さん:
法律の変化のほか、もうひとつ発見したのは、若者側の変化です。
これまで入社時点ではスキルも経験もない白紙の社会人である前提だったと思いますが、実は入社前にかなり多様な経験をしていることがわかってきました。その多様化を促しているのが、入社前、学生時代の社会経験です。
「半年以上、企業でインターンシップをしてきました」「企業と商品を作ってきました」「店舗をかりて物を売っていました」など多様な社会経験を持っている人の割合が増えています。こうした経験があるから入社後、職場で「こんなことをしていて成長できるのか」と不安を感じるのです。
入った後の仕事に全然ワクワクできない、このままで成長できるのかな、となっていく。この若者側の変化も「ゆるさ」に不安を感じさせている一因です。
── 何年ごろから変化は生まれているのでしょうか。
古屋さん:
調査の結果を分析すると、2016年卒以降の入社者がより多様化しているようでした。管理職はパワハラ防止研修なども受けて、厳しく指導するわけにもいかず、どのように新入社員に対応していいかわからなくなっています。
そんななか、「まるで親戚の子どものように扱われている」と話す若者もいました。
そして、職場運営ルールが変わったこともあり、1から100まで育てることはできなくなっています。例えば、会社では60まで育てる。だけど残りは自分で育っていく、という具合です。このために、入社前の社会経験が豊かな人が自分の力で成長する機会を得られるのです。
平等な新人の扱いを見直す
── 企業は新卒採用ではどのような工夫をしたら早期離職を防げるのでしょうか。
古屋さん:
新入社員を平等に扱うのを見直すことです。これまでは研修をして平等に扱ってきましたが、入社時点で新入社員が多様化しています。
これまでの若手社会人以上の経験、スキルをもった人もいます。こういった人にも普通の学生にも同じように一律に研修をすることに何の意味があるのでしょう。
新人は多様化しているために、これまでのように手取り足取り教える必要がある新人と、自律的に機会を作り出せる新人とでは、必要となる育成方針、研修の内容、サポートのあり方などがまったく違うのです。
横の関係で育てる
── 具体的にはどうすればいいのでしょうか。
古屋さん:
「横の関係で育てる」と私は言っていますが、若手だけで何か目的が明確なプロジェクトをさせるんです。
とある居酒屋チェーンで、ある店舗を新人だけに任せて運営しているところがあります。通常のOJTでは、先輩がする仕事のスタイルのなかに正解があって、それを教わる、真似て学ぶ形になります。そこでは、考える必要がないのですよね。
しかし、たとえばそのプロジェクトに若手しかいないとき、正解を示してくれる先輩や上司はいません。課題だけが無数に出てきます。それらを解決しようと彼らは工夫します。しかも、そこには上下関係に端を発した無用なストレスや理不尽な指示などはありません。この試行錯誤自体が今後のビジネスで活躍するための機会になるのです。
── 面白いですね。
古屋さん:
他にも20代のチームに企画展の運営を任せた会社や、大手ホテルチェーンで、クリスマスケーキの企画を新卒3人に任せたケースもあります。自ら有名ブランドとコラボしたケーキを企画して、オンラインで販売し、最後は売り場にまで立って売っていましたが、「お客様と直接接する機会がないので、とても嬉しいです」ととてもいきいきしていました。もちろん、そこにはいきいきできる、楽しい、といったことはある一方で、ある種の責任もあることがポイントですよね。自由と責任が両方存在している職場。それは、ゆるさとは異なるものですよね。
これまでの石の上にも3年型の育成アプローチにとらわれず、できる若手にはスピーディーに場を与えていく。こうした取り組みで成長する同期を見て、ほかの若手が自分も、と感じるようになっていく。これが広がるとその会社を簡単に辞める人は減るのではないでしょうか。クリスマスケーキは私も買いましたが、企画した若手の方の目の色が違っていました。成長機会というと外資系やベンチャー企業が多いという意見もありますが、大手企業でも若手にこのような「横の関係で育てる」ことは可能なのです。
── とても興味深いですね。ちなみに早期に辞めた方はどうなっているのでしょうか。
古屋さん:
3年以内に離職した方としていない方を分析した調査があります。実は、辞めた人も辞めていない人もその後のキャリアにおける大きな差はありませんでした。辞めること自体はいまの若手にとってデメリットはないのです。でも、会社にとっては問題です。採用、育成と費用をかけていますから。
大手企業の人事で、「うちは若手の離職に困っていません」と言える人はいません。若手側からすると、今は経済社会、職業人生が不安定だからこそ、自分自身に力を蓄えて乗り越えていこうという考えが強まったんだと思います。
やはり、大手企業の枢要なポジションにいらっしゃる方は、若者が早期に辞めてしまう状況について、理由が肌感覚としてわからないのだと思います。そこに、私の「実は、ゆるい職場が一因ですよ」という分析が響いた背景があるのではないかと思っています。
PROFILE 古屋星斗さん
取材・文/天野佳代子 写真・画像/リクルートワークス研究所、PIXTA(イメージ写真)