今月、東京に「日本茶バリスタ」の倉橋佳彦さんが手がける日本茶とプラントベースミルクティーの専門店がオープンしました。茶葉の産地や使用するミルクにもこだわった倉橋さんが意識しているのは、環境にも配慮したサステナブルなお茶を取り入れた生活。そのこだわりについて伺いました。
全国各地を回って知った茶畑の現状
── 日本茶の産地に足を運んで勉強していると伺いました。これまでどんな場所に行かれましたか?
倉橋さん:
静岡、埼玉、茨城、京都、三重、滋賀、新潟。それと九州は、ほぼ全域が茶葉の産地なので足を運びました。都内にはそれぞれの物産館があると思うのですが、ほぼどこに行ってもお茶は商品として置いてあります。
改めて日本は各地でお茶を作っているんだなと思います。その土地でしか育てられないお茶の種類もありますし、同じ土地で育てても標高の高さで香りが違ってくるので面白いですよ。
── 茶園を訪れるためのアポイントメントはどのように取っているのですか?
倉橋さん:
知人に紹介してもらうこともありますが、基本的には飲んでみて美味しいと思うお茶農家さんに、直接電話して行くんです。「茶畑を見させていただきたいんですけど、いいでしょうか」というふうに。
新潟の茶葉農家さんに電話をしたら、「じゃ、駅まで迎えに行くから」って言われたんです。そのときは「ありがとうございます!」と答えて電話を切ったのですが、後から思ったのは、電話でのやり取りだけで顔を知らないので「どうやってお互いのことがわかるんだろう…」と。
駅に着いたら私しかその駅で電車を降りる人がいなくて。着いたら「おーい」とこちらに向かって手を振って呼ばれました(笑)。当時、20代だったのですが、若い人が茶畑を見に来ることが少ないようで、歓迎してくださって丁寧に説明していただきました。
── とても親切にしてもらったのですね。
倉橋さん:
こんなに良くしてもらえるのかというくらいの対応をしてくださるのでありがたいです。急にやってきた見知らぬ人に、当たり前のように優しく接してくださるんですけど、お茶を通して人のあたたかさを感じることがたくさんありました。
── 茶園では具体的に、どのようなことを見るのですか?
倉橋さん:
ここはどんな地域で、どんな肥料を使っているか…。栽培環境のほかに、お茶を作る工場を見せてもらったり、使っている機械を見せてもらったりすることもあります。
みなさんそこでお茶を淹れてくださるのですが、お茶農家さんが淹れてくれるお茶って本当に美味しいんです。現地の再現はなかなか難しいですね。微妙な違いなのですが、その土地の水で淹れて、そこで飲むお茶が一番美味しいと感じます。
── 茶園に限らず、日本の農業は後継者の問題がありますよね。
倉橋さん:
行ってみてわかったことなのですが、放置されてしまう茶園も日本各地にたくさんあって、何かできないかとずっと考えています。
今、働かれている方は高齢の方が多くなっていますが、年齢が私と近い30〜40代の方も跡を継いでいらっしゃることを知って、同世代として一緒にやっていきたいという思いも強くなりました。
生まれてからずっとお茶があるなかで育ってきた方もいるのですが、僕はそれが羨ましくて憧れもあります。代々守ってきたものがあるっていいなと。
あとは、もう跡は継がないと思っていたけれど、一度外に出て家業の良さに気づいて跡を継ぐ方もいます。
福岡の農家さんなのですが、海外で家の仕事を訪ねられたときに「お茶を作っている」と答えたら「めちゃめちゃかっこいいじゃん!」と言われたそうです。
そこで改めて日本茶について考えたとおっしゃっていました。その農家さんは英語も話せるので、コロナ禍前には海外の方も茶畑の見学に来ていました。
私も元々海外のカルチャーが好きで、中学時代には外国のレコードを買ってかっこいいなと思っていて。正直、日本のことは知らなくてもいいやと思っていました。
日本茶についても同じように思っていらっしゃる方が多いと思います。
紅茶や中国茶に台湾茶、コーヒーもサードウェーブで盛り上がっていて飲み物の選択肢が増えていますが、日本茶のことも知ってみるととても奥が深いですよ。
SDGsを意識した日本茶専門店
── 先日、ご自身で手がける初のお店がオープンしましたが、どんなことにこだわったのでしょうか。
倉橋さん:
全て国産の玄米茶とほうじ茶、紅茶と烏龍茶を使います。日本茶には烏龍茶と紅茶もあるということを知ってもらいたいと思っています。
作るときに、日本茶は摘んですぐ加工するのですが、紅茶や烏龍茶には一度置いて成分が変化する萎凋(いちょう)という工程があります。その後に茶葉を揉んで水分を飛ばしながら乾燥させます。
国産の紅茶や烏龍茶は、渋みが少なくてまろやかで甘味を感じるんですが、日本に元々ある、お芋とか穀物のような香りがするものもあります。それにプラントベースミルクを合わせたミルクティーを提供します。
── プラントベースミルクとはなんでしょうか。
倉橋さん:
植物由来のミルクのことなのですが、ソイミルク(豆乳)などが牛乳に次ぐ第2のミルクと呼ばれていて、第3のミルクとしてオーツミルクやココナッツミルクなどが台頭してきました。うちではソイミルクとオーツミルク、スプラウド(えんどう豆)ミルクを使います。
プラントベースミルクを使う理由は、飲食店で働いていたときに牛乳を大量に捨てていた経験からです。プラントベースミルクは2〜3か月常温で持ちます。牛が排出するガスの問題もありますし、お茶は育つ環境が良くないといいものができないので、何か少しでも環境に優しいものを使って貢献したいと思ったんです。
それに、プラントベースミルク自体の味も好きでしたし、何よりお茶との相性がすごくいいんです。牛乳にも合うお茶もあるのですが、香りや甘味が強すぎる場合もあるので、プラントベースミルクと合わせることで、コクや甘味をたすことができてより香りが引き立ちます。
新しい味わいになるのが面白くて、これは他にはないなと思ってプラントベースミルクを専門に扱う店を作ってみたいと思っていました。
── 飲食店での勤務時代に、お客さんのなかには体質などから頼んだものを飲んだり食べたりできない方もいらっしゃったそうですね。
倉橋さん:
体質に合わなかったり、アレルギーがあったり、その方の信条から特定のものが食べられない、飲めない方が多くいらっしゃいました。せっかくいらしてくれたならば、みんなが楽しめるものを提供したいと思って植物由来のものを提供します。誰もが飲んだり食べたりできて、なおかつ美味しかったらいいなと。
ノンカフェインもメニューのひとつに加えました。妊婦さんや、カフェインを控えたい方のニーズがあるとずっと感じていたので、オリジナルでブレンドしたオーガニックのハーブティーを作りました。
みんなが持つ日本茶の感覚を変えたい
── 倉橋さんは1日の中でお茶の時間を積極的に取り入れているそうですね。読者の方も気軽にできる、おすすめの取り入れ方を教えてください。
倉橋さん:
淹れる時間をルーティンの中に入れてみるとより生活に馴染むと思っています。白湯の代わりに朝茶を取り入れてみたり、いつものお茶をちょっと薄く淹れてみて香りを楽しんでみたり。煎茶を熱湯で淹れて、茶漉しでさっと通していただくだけでも香りが残ります。
在宅時間が増えている中で、生活リズムも変わった方が多いと思うのですが、この時間にお茶を淹れるというふうにしてみると、生活リズムも整ってきますよ。
ランチタイムの後や、仕事の切り替えの一杯には、発酵させた香りの強いお茶が合います。火入れが入った香ばしく華やかな香りのする紅茶やほうじ茶は、気持ちの切り替えにピッタリです。焙煎が深いものを濃い目に淹れたりすると、コーヒーのような感覚で飲めるものもあります。
── 前職でコーヒーのバリスタとして働かれていた際に、大好きなコーヒーを飲みすぎて体調を崩されたという文字通り苦い経験があったそうですが、お茶に関してはいかがですか。
倉橋さん:
玉露とか抹茶とか旨味が強いものを飲みすぎると「うっ…」となることもありますが、いくら好きでも飲みすぎるとダメだというのは学びましたので(笑)。
ちょっと飲みすぎたかなと思ったら、次は薄めに淹れたりします。薄く淹れたお茶にハーブを加えて香りを楽しむこともありますよ。
それに今でもコーヒーは大好きなので、コーヒーを飲んだあとにお茶を飲むこともありますね。スイーツも大好きなので、例えばショートケーキを食べているときには玉露や煎茶ではなく、このケーキならこのコーヒーやこの紅茶にしようというふうに自由に選んで楽しんでいます。
──「日本茶バリスタ」として発信していきたいことはなんですか。
倉橋さん:
日本茶を広めるという活動をしていますが、広めるというよりも、今みなさんが持っている日本茶の感覚をちょっと変えたいというのが一番したいことです。日本人は赤ちゃんの頃から麦茶などを飲んでいて、自然とお茶に出会っています。あまりにも身近すぎるので多くの人が抱いている感覚は、ただの飲み物としてのお茶なんですね。
味はもちろん、それだけではなく淹れている体験や、器を触った時の感覚、道具の面白さなどもワークショップでは伝えるようにしています。ちょっとした経験を積み重ねることで、今持っているお茶の感覚からひとつ上にいけるのかなと思っています。
「お茶しよう」という言葉って世界各国で使われていると思うのですが、お茶から広がる時間そのものもお茶の魅力として伝えていきたいと思っています。
PROFILE 倉橋佳彦さん
秋田県出身。今月都内にオープンした日本茶とプラントミルクティーの専門カフェ「And Tei」オーナー。10年以上様々なジャンルの飲食店で働き、現在は日本茶バリスタとして日本茶メニューの開発やワークショップ、イベントなど様々な試みでお茶の楽しみ方を追求し伝え続けている。
取材・文/内橋明日香 写真提供/倉橋佳彦