黒ごま、抹茶、きなこ。素材の色が鮮やかに出たおはぎが並ぶ大阪の「森のおはぎ」は、ピーク時には2500個超が売れる大人気のおはぎ専門店です。店主の森百合子さん(42)は、芸大卒のテキスタイルデザイナー。学生時代にカフェでお菓子作りをしていた経験から、「美味しいもんで人を幸せにしたい」と独学でおはぎを生み出しました。
小ぶりでまんまるのおはぎは、まるで作品のよう。あまたあるお菓子の中でなぜおはぎを選んだのでしょうか。そして評判のおはぎに込めるこだわりとは──。
「好きという認識がないくらい、おはぎを食べていた」
── 大阪芸術大を卒業し、テキスタイルデザイナーとして働いていたと聞きました。なぜ「おはぎ職人」を志したのでしょうか?
森さん:
デザイナー時代に「顔が見える仕事ができたらいいな」と思ったのがきっかけです。いざ会社に入ってデザインの仕事をしていると、お客さんの顔が見えないし、反応をストレートに受け取ることが難しいんですよね...。そんなとき、ふと学生時代のアルバイトを思い出しました。
芸大に通っている間、喫茶店の厨房で和菓子や洋菓子を作っていました。あんみつとかパフェとかミルフィーユとか...。作品の製作とお菓子作りがずっと自分の中にある4年間でしたね。美味しいものを食べた時ってなんとも言えない幸福感に包まれませんか?自分が作ったものでそう感じてもらえたら素敵だなと思い始めたんです。
── ケーキやシュークリームという選択肢もある中で、なぜ「おはぎ」だったのでしょうか?
森さん:
マカロンも考えていましたが、友達にあげるけど自分は食べてないやん...と思いまして。ほんまに好きなもんを考えた時に、初めは地味すぎて思い浮かばなかったんですけれど、仕事帰りによくおはぎとかわらびもちを買って食べていたなと気づいたんです。
自分の中で「好き」という認識がないくらい、無意識にいろんなお店のものを食べていたんですよね。せっかく自分が一生懸命に考えて作ったのに、ブームが去ったら廃れていくのは悲しい。ふと食べたくなって食べているもんは、誰しもがいつか食べたくなるお菓子なんじゃないかな。おはぎだったらブームに左右されず、飽きずに食べてもらえるかもとひらめいたんです。
── あんこの炊き方やおはぎのレシピはどうやって学んだのですか?
森さん:
本屋さんであんこやおはぎのレシピ本を専門的なものから、家庭的なものまでたくさん買い集めて、色んなパターンであんこを炊いていく日々でした。友人に試作品を食べてもらい、「おはぎ屋さんするの夢やねん」と言いまわっていたらある日、カフェのイベントに誘ってもらいました。
それまではあんこときなこしか試作していなかったのですが、それだけでイベントに呼び込むのは難しいですよね。じゃあ自分が食べたいおはぎを作ろうと、ノートに構想を書き出しました。失敗するとかは考えずに、とにかく片っ端から試作しました。
あんこときなことおはぎはレシピ本で学べますけど、それ以外はレシピがないので一から作りました。食べた時の素直な組み合わせの相性とか、自分の「おいしい」という感性を頼りに、素材をあんに混ぜてみたり、もち米に混ぜてみたりして...。食べて美味しいと思うものを厳選した結果、みたらしやほうじ茶、くるみといった今のおはぎたちになっています。
もちには雑穀や赤米、あんは3種類以上を炊き分けるこだわり
── おはぎの「もち」に雑穀を使っているのは珍しいですね。普通は白いもち米ですが...。
森さん:
いろんなおはぎを食べている時に、食感の物たりなさを感じて...。あんこともち米だけだと食べ進めていくうちに平坦というか、アクセントに欠けるなと。雑穀のプチっとした食感が加わることで「もう一個食べたい」と思ってもらえるフックになると考案しました。「雑穀エキスパート」の資格を取り、食感のよい3種類ほどの雑穀を独自ブレンドしています。
雑穀のほかにも、黒米をもちに使っています。色合いもきれいだし、目に優しい「アントシアニン」も豊富に含まれている。雑穀や黒米を使ったおはぎって、ちょっと身体にうれしいし、食べた時の罪悪感が減りませんか?季節ごとに大豆やよもぎ、トウモロコシを混ぜたもちも作っています。
── おはぎの「あんこ」にもこだわりがあるとか。
森さん:
普通のお店だとおはぎに使うあんこは一種類ですが、うちはとにかくあんこの種類が多いですね。それぞれのおはぎの素材の香りが生きる甘さが違うんです。
あんこのおはぎは、あんこの甘さを抑えたほうが小豆の味が引き立ちます。ただ、そのあんこを深入りきなこのおはぎに入れると、あんこがきなこに負けてしまうんです...。それであんこのおはぎに使う「大納言」よりパンチのある「小豆(しょうず)」を使ったあんこに変えました。
見た目は一種類のあんこのようですが、大納言のあんこ、きなこのあんこ、みたらしのあんこを炊き分けています。あんこだけで3種類あり、ほかにもくるみやほうじ茶、黒ごまなども別で作っています。
── 愛らしい素朴な見た目にも惹かれます。普通のおはぎより小ぶりですね。
森さん:
芸大で作品を手掛けてきたので、おはぎを仕込むときにも色合いや可愛らしさとか見た目へのこだわりは当然のように備わっていました。かわいく作ろうと思った時に、自然とこの見た目になっていましたね。あと、普通のおはぎの大きさだと一個食べただけでお腹いっぱいになってしまいます。色んな味があるので2、3個は食べたい、もう一個食べたい、と思ってもらえるように、食べやすくてかわいらしいサイズ感にこだわりました。
「食べる人に寄り添いたい」おはぎという「ものづくり」に込める思い
── 森さんにとってはデザインの仕事もおはぎも同じ「ものづくり」なのだと感じます。
森さん:
芸大で作品を作っていた時も、平面的なものより立体的なものを生み出すのが好きだったんです。羊毛を染めて、フェルトにして何かを作るみたいな...。振り返ればおはぎみたいなコロンとしたもんをよく作っていましたね。
大学の同級生がお店に来た時「あたし(森さん)の作品みたいやな」って言ってました。学生の時も「今日はカスタードがうまく炊けたわ〜」とか食べ物の話ばっかりしていましたし。私にとっては違和感のない選択で、作品が食品になったという感覚ですね。
── 特に人気のおはぎはありますか?
森さん:
王道のあんこときなこはもちろん人気ですね。女性のお客さんはそれぞれ好みがありますが、なぜか男性と子どもはダントツで、きなことみたらしを選ぶ方が多いです。よく売れる季節ものだと、秋冬限定の「焼き栗黒米もち」ですね。
栗はすごく苦労したんですよ...。白あんに栗のペーストを混ぜても混ぜても栗の味が出なくって。栗は香りの食べ物なので、混ぜてしまうと香りが飛ぶんですよ。食感を残した渋川栗のあんの内側に、国産栗のきんとんを入れて二層にしたら、やっと栗の風味を出せました。お客さんにも「すごく栗の味がする!」って褒めてもらえてうれしかったですね。
何がいちばん残念って素材の味がしないこと。栗を入れればいいじゃなくて、素材の味を出すのは大事やなと思います。
── 確かに「素材の味がするおはぎ」をコンセプトに掲げていますよね。
森さん:
製造の方法はもちろん、組み合わせも大切です。例えばとうもろこしのおはぎだと、白あんにとうもろこしを練り込んでも、全然とうもろこしのおいしさがわからないんですよ。最終的にもち米に練り込み、あんこを包んで食べるのが「めっちゃ美味しい!」と行き着きました。
素材をどこに混ぜるのか、すりつぶして混ぜるのか、あるいは角切りにして混ぜるのか、あんこにしちゃうのか。組み合わせ次第でまったく味が変わるし、その中でも一番素材の味を引き出せる組み合わせを常に試行錯誤しています。
── おはぎのアイデアはどんな時に湧いてきますか?
森さん:
スーパーで買い物してて「このお惣菜をおはぎにしたら美味しいんかな?」とか、ふとした瞬間に出てくることが多いです。ベースはもち米なので、米に合う素材であることが大前提。いちご大福にちなんでいちごのおはぎを試作しましたが、まあまずかったですね...(笑)。弁当の中にいちごが転がり込んできたようなまずさでした。
突拍子もないおはぎというよりは、できるだけ味を想像して「食べてみたい」と思ってもらえる組み合わせにしたい。「おいしそうだな」と素直に思ってもらえる、食べる人に寄り添ったおはぎであるのが大事ですね。
PROFILE 森百合子さん
取材・文・撮影/荘司結有