パプアニューギニア産の天然エビを鮮度の高いまま冷凍して輸入、むきエビやエビフライに加工している「パプアニューギニア海産」。社員4名、パート従業員22名の小さなエビ工場の「人を縛らない働き方改革」が今、注目を集めています。
その働き方改革のひとつがパート従業員は連絡なしでいつでも休んでいいという「フリースケジュール制」。
この制度に惹かれ、全国から引っ越しをしてまで勤務する従業員も出ています。同社が掲げる真の働き方改革とは。そしてその方法とは。代表取締役であり工場長の武藤北斗さんにお話をうかがいました。
本当の働き方改革とは 評価された特徴的な働き方
── 働き方をアップデートした取り組みを表彰する「WORK DESIGN AWARD 2021」でグランプリを受賞されましたがどんな点が評価されたと思いますか?
武藤さん:
そうですね。本当の働き方改革とはそもそも何なのか。人が「働く」ということを考えるうえで、僕たちの取り組みにはどのような意味があって、どう未来に繋がっていくのか。そういった視点で、世間からは変わっていて特徴的と言われている僕たちの働き方を評価してもらえたんだと思います。
── 独自の働き方改革を約8年間続けられていますが、売り上げが伸びているそうですね。
武藤さん:
はい。これまで欠品もなく売り上げも伸びています。しかし、「働き方改革」とは数字を追い求めるものではなく、従業員がいかに生活を大事にしながら「苦しまない働き方」ができるかを会社が考え続け、制度化していくことだと僕は思います。
もちろん利益は大切です。働きやすい環境を整えるからこそ、離職率は下がり、効率や品質は上がり、利益がついてきます。だからこそ人を見なければいけないと考えています。
連絡なしでいつでも休んでいい「フリースケジュール制」
── 受賞理由のひとつでもあった御社の特徴的な制度、連絡なしでいつでも休むことができる「フリースケジュール制」について教えてください。
武藤さん:
とても簡単に言うと、好きな日に休んで、好きな日の好きな時間に出社して、好きな時間に帰るという制度です。これを社員を除くパート従業員全員にやってもらっています。重要なのは、出勤や出勤時間、欠勤について一切の連絡を禁止しているという点です。
── 一切の連絡が「禁止」なのはなぜですか?
武藤さん:
これがとても大事ですが、「好きな日に休んでいいよ。だけど連絡は必ずしてね」だと、フリースケジュールの意味はなしません。なぜなら、欠勤連絡は従業員にとって精神的なハードルが高いため、我慢して出勤してしまう可能性があるからです。
休むことは個人にとっても会社にとってもプラスになるはずです。体調が悪いときに無理して働いても良い仕事はできませんよね。
パート従業員のみんなが気持ちよく休めるにはどうしたらいいだろうと考えたら「連絡禁止」に行きつきました。
連絡を禁止にすることで休むハードルを下げられますし、僕たちの表面上ではない「休んでいいんだよ」の本気度を示せると考えています。
もちろん休む理由も言ってはいけませんし、事後報告も禁止です。最初は報告してしまう人もいましたが、「ルール違反をしてはいけない」と真剣に注意をするうちになくなりました(笑)。
── 従業員のためにとことん徹底されているんですね。
武藤さん:
従業員のためだけじゃなく、自分を抑制するためにも徹底しています。理由によってジャッジしてしまうかもしれない自分が嫌なんです。休む理由はその人の価値観によりますよね。
価値観は様々に存在するので尊重すべきだと思っているものの、理由を聞いてしまったら、その理由は「あり」、その理由は「なし」などとジャッジをする自分が出てきてしまう。
たとえばですが、38℃の熱があったら休んでも納得するかもしれないけれど、二日酔いならなかなか納得できないかもしれない。そんな風に自分の考えでジャッジしてしまわないようにしたいんです。理由が二日酔いでも、休んだら次の日のパフォーマンスはとても上がるかもしれませんよね。パート従業員がそれぞれに必要としている休みをとって欲しいと思っています。
誰も来なかった日は8年間でたったの1日 エビ工場が回る理由とは
── その日の出勤人数が分からなくても、会社は回るのでしょうか?
武藤さん:
はい、回ります。
「自由にすると出勤しないのでは?」とよく聞かれるのですが、フリースケジュール制を取り入れて8年目になりますが、誰も来なかった日はパート従業員が9人だった時の1日だけです。現在は22人いるので、誰も来ない確率はさらに下がっています。
また、パート従業員が時給制ということも大きいと思います。生活の中で必要な金額を稼ぐために働いているので、むやみに休むことがないのだと思います。
── 誰も来なかった日は、どうされたんでしょうか。
武藤さん:
誰も来なかったその1日は、やらなければならない出荷作業などを社員で行い工場はお休みにしました。僕たちの工場は土日祝日がお休みなので、休みが1日増えただけだなと。そこを大きな問題として捉えていないんです。
── 業務に支障はなかったのでしょうか?
武藤さん:
一日で考えればマイナスかもしれませんが、フリースケジュールの場合は、他の日に出勤する人数が増えて平均化していくんです。一週間や年間で見ると出来高は全く変わりません。その日にどうしてもやらなくてはいけない業務のみ社員がしたので、取引先との業務に支障はありませんでした。
フリースケジュールは社員にも適用可能なのか
── 今後は社員にもフリースケジュール制が適用されるのでしょうか?
武藤さん:
今の時点の僕の考えでは、難しいと思っています。僕たちはパート従業員に時給という給料しか払っていません。さまざまな理由から時給でボーナスもないパートという職業形態を選んだ人を、会社がどこまで縛っていいのだろうか。もしも、縛るのであれば固定給を出すべきじゃないか。そう考えています。
一方で社員は固定給なので、そのなかで「来ても来なくてもいい」となれば来ないと僕は思うんですよ(笑)。「やってみたら?」と言われるのですが、やる以上は社員が来なくても絶対に怒ってはいけない。でも、多分僕は怒っちゃうと思う。そうなると「フリースケジュール制といっても、そこは社員なんだから忖度してね」という曖昧なルールになってしまうし、事実上フリースケジュールではなくなってしまいます。
そんなことには絶対になりたくない。そうなる可能性があるならば、曖昧にそんなことはしたくない。これは、自分の中で大事にしているルールの考え方、取り入れ方かもしれません。
ただ、だからといって「できない。はい終わり」ではなく、パート従業員だけでなく、社員にとっても働きやすい形にできるように、どのように変化させればいいのか、どう改善すれば少しでも働きやすい職場に近づくのか考えることが僕の楽しみでもありますし、今後も新しい形を模索したいと思います。
...
前例のないエビ工場の働き方改革に、「物事の元の状態を問うところから始めたい」という武藤さんの思いが見えました。人にとって「働く」とは何なのか。「働きやすい職場」とは何なのかを、根本から考えさせられました。
取材・文/渡部直子 写真提供/武藤北斗