電車のホーム

ある日突然、自分の大切な家族や友人、職場の人が痴漢に遭ってしまったら…。その被害のつらさを、あなたに相談するかもしれません。傷ついた被害者にどう接すればいいのでしょうか。精神科医・公認心理師・博士(医学)で犯罪被害者支援に詳しい、武蔵野大学副学長・小西聖子先生に「痴漢被害者との接し方」についてお話を伺いました。

「あなたが悪い」「どうして被害に遭ったの」と言ってはいけない

—— 家族や友人、職場の人など身近な人が痴漢に遭ってしまったら、被害者に対して、どのように接すればいいでしょうか?

 

小西先生:

痴漢被害者に対して「あなたが悪い」と言うことだけは、ぜひやめてほしいですね。ほかにも「なんで被害に遭ってしまったの?」「そんな目に遭ったままでずっといて…」など、被害者を責めることは避けましょう。

 

相談される側も、被害に遭った話を聞かされると驚くと思います。そのときに、人は悪意がなくとも、そういうことを言いがちです。また、被害者のなかには「痴漢に遭ったのは自分のせいだ」と思いこむ人も多い。人間はショックなことがあると、そういうふうに思ってしまうものなんです。

 

たとえば、朝の通勤中に電車で痴漢に遭って、加害者を捕まえて遅刻したとします。ただでさえ落ちこんでいるのに、理由も深く聞かずに上司に遅刻を咎められたら、被害者はより傷ついてしまう。また被害にあったことを「大したことでない、引きずっているのは本人が弱いからだ」と無視したりする人もいます。

 

それが今度は二次被害(=直接的な被害のあとに生じる被害)になってしまうんです。そうした二次被害で、被害者は会社に行けなくなることもあります。そういう点でも、まわりの人の対応はとても大事です。

 

被害者本人が気にしていないように見えても、それはそう見えるだけで、本当は気になっている場合もあります。ですから、被害者を責めることなく、話に耳を傾けること。そうした周囲の対応が二次被害を防ぐために必要なことです。

同調するときも“想像力を持って”被害者に接してほしい

—— 大人の女性ですと、過去に痴漢被害に遭っている方もいるかと思います。「私はこうだった」と自分の体験を話すこともあるかと思うのですが、そうしたときに気をつけたほうがいいポイントはありますか?

 

小西先生:

被害に遭われた方が思い詰める感じでなく、怒っていなければ「私も被害に遭ったことがある」と同調してあげてもいいと思います。でも、自分中心にはならないように。本当に人にはいろいろな事情があるので、まずはよく聞く姿勢が大事です。

 

私が以前に診た方で、子どもの頃に一度痴漢に遭い、それがトラウマになっていた女性がいました。本人は思い出したくなくて、大人になるまでそのことを忘れていたんです。大人になって、東京で初めて満員電車に乗ったときに「男の人の隣に座れない」と気づいたと言っていました。

 

こうした話は精神科だから聞けることであって、普通は誰にも言わないと思います。そういう事情を抱えた人も、そうではない人もいて、被害に遭われた方の反応にも幅があることは知ってほしいです。

 

被害を受けたことについて、批判もせずにただ聞くということは、とても難しいこと。相談される側も気持ちが動きますから、いろいろと言ってしまうのが普通です。ですから、被害者に寄り添うつもりでご自身の被害経験を話すときも、想像力を持って話すこと。自分とは違う反応をされたら、「私とは違うのだな」と理解して、責めないことが大切です。

子どもが被害に遭ったときは、どこに相談すべき?

—— お子さんがいるご家庭ですと、保護者の方が心配するケースもあるかと思います。保護者の方々に「これだけは知っておいてほしい」ことはありますか?

 

小西先生:

これから大きくなるお子さんの場合、東京だと満員電車に乗って、学校に通う子もいますよね。女の子に限らず、男の子も小・中学生で痴漢の被害に遭う子は多くいます。

 

加害者から「言うな」と言われれば、子どもは黙っていることが多いです。何度も同じ加害者から被害に遭い続けていると、その後にも影響します。もしお子さんが痴漢被害に遭って深く傷ついてしまったら、親御さんも本当に心配になりますよね。

 

お子さんが被害に遭ってしまって不安なときは、スクールカウンセラーに相談してもいいと思います。スクールカウンセラーとは、児童・生徒のケアを行う専門家です。全国の学校に配置されていますので、相談すると、状況によっては別の専門家や支援機関につないでくれます。

 

別のルートで相談することもできます。各都道府県にある、“性犯罪・性暴力被害者のためのワンストップ支援センター”です。これは警察や医療、弁護士とも連携している支援機関。

 

「#8891」に電話をかければ、お住まいの地域からすぐに最寄りのワンストップ支援センターにつながります。東京や大阪など都市部では24時間対応。地方はそれぞれ受付時間が異なりますので、確認のうえで連絡をしてください。

 

—— 痴漢被害に遭ってしまったお子さんに対しては、どのように接することが望ましいのでしょうか?

 

小西先生:

子どもが被害に遭った場合、その後どうなるかについては、いちばん大きく影響するのは親の態度です。親も驚いたり心配するあまり、子どもに「どうして何も言わなかったの?」「なんでぼーっとしていたの?」など言ってしまいがちです。

 

そうではなくて、子どもも勇気を出して親に話しているのですから、本当は打ち明けたことを褒めてあげるべきなんです。親は自分のとまどいや驚きの気持ちと反する対応をしなくてはいけませんので、とても難しいとは思います。

 

それでも、ご自身の友人や職場の人に対して責めないことと同じように、お子さんに対しても責めないでほしいですね。そうすることで、傷ついたお子さんも安心感を得られて、その子のペースで心の健康を取り戻していけます。

 

PROFILE 小西聖子 先生

武蔵野大学副学長。精神科医、公認心理師、博士(医学)。専門は臨床心理学、トラウマ・ケア。現在は性暴力救援センター・SARC東京にもかかわりつつ、臨床医として被害者の診療も行なう。

取材・文/橋詰由佳