電車内の様子

痴漢に遭うと、ショックで涙が出てきたり、ひどく落ち込んだりしてしまうもの。辛い状態から抜け出すためには、どうしたらいいのでしょうか。犯罪被害者支援に詳しい、武蔵野大学副学長・小西聖子先生に「痴漢に遭ったらどうしたらいいのか?」伺いました。

痴漢されると、被害者本人はどうなってしまうの?

—— 都市部では、満員電車で通勤している人が多いかと思います。そのような場所で痴漢に遭うと、被害者本人にはどのような影響があるのでしょうか?

 

小西先生:

痴漢被害というのは、「こういうものだ」と決まったものがあるわけではありません。被害のあり方によって、本人の反応も違います。

 

被害者の方の反応としては、腹を立ててすぐに相手に言う人も少数ながらいますし、言わないでやり過ごしてしまう人も。動けなくなってしまう人もいて、いろいろな反応が起こりうるわけですが、どれも被害を受けたときであれば当然の反応です。

 

さらにいうと、被害の影響がより大きくなるときもあります。それは、まずは被害が悪質なとき。胸や性器を直接触られたり、何度もやられたりというようなことがあれば影響は大きくなります。

 

次に、何かの理由で本人が元気ではない場合。たとえば、「家族不和で離婚の話が進行中」とか「過去にも性暴力の被害に遭っている」「仕事や人間関係でうつに近い」など。そういうことでストレスを抱えていると、影響は大きくなります。

 

—— “被害の影響が大きくなるときもあるとのことですが、具体的にはどうなるのでしょうか?

 

小西先生:

診断の話でいいますと、PTSD(心的外傷後ストレス障害)が有名ですが、医学的には被害がトラウマ体験にあたるかどうかで変わってきます。PTSDとは、生死に関わるような体験をして、1か月以上経っても繰り返し思い出して、生活の妨げにもなる精神疾患です。医学的には定義があって、命の危険が実際にあるような状況、怪我をするような暴力や無理矢理の性交などが典型です。

 

痴漢被害ですと、服の上から体を触られる、横から体をくっつけられる被害は、トラウマ体験とまでは言えないことが多いです。それでも痴漢に遭えば嫌な思いをしますし、ひどく傷つきますよね。

 

ですから、痴漢被害はいろいろなことの引き金にも十分なります。具合が悪くなったり、眠れなくなったりすれば、「適応障害」の診断をつけることもあります。

 

被害者にどのような反応が起きるかは、被害の質にもよりますし、被害の持続時間、被害時や被害後の環境、その人の置かれたストレス状況、過去の体験にもよります。つまり、「個人差」だけではなく、“たまたまそのときにしかない”要因もあります。

 

たとえば、身の回りで不運や不幸が重なって弱っているときに痴漢に遭ったら、ショックは大きいですよね。抵抗力がないときにそういうことがあれば、余計影響がひどくなりやすいです。

痴漢の被害後に生活に支障があるなら支援を受けたほうがいい

—— どのような状態であったら、支援機関に相談したほうがいいのでしょうか?

 

小西先生:

皆さんの生活のなかで重要なことを挙げるとしたら、仕事をすることや家族のケアをすること、そういったことが大事だと思います。それらの何かができなくなったら、それは本当に重大な問題ですよね。そういうことが起きてくるときもあります。

 

以前に、通学電車で立て続けに痴漢に狙われてしまい、本当に具合が悪くなって学校に行けなくなってしまった方がいました。そうなると深刻です。ほかにも「眠れない」「仕事に集中できない」「被害に遭ったことが頭から離れない」など、日常生活に支障が出ていることが判断の目安になります。

 

—— 「仕事に行けない」「眠れない」など生活に支障が出ているとき、どこに相談したらいいのでしょうか?

 

小西先生:

被害者の方が相談しやすい支援機関としては、“性犯罪・性暴力被害者のためのワンストップ支援センター”があります。すべての都道府県にある相談窓口で、東京や大阪などの都市部は24時間対応。いつでも電話をかけて話を聞いてもらえます。

 

ワンストップ支援センターでは、医療機関や弁護士、警察と連携して、被害者の方に「必要なものを紹介する」趣旨で運営されています。大阪・名古屋などにある拠点病院型であれば、病院のなかに相談センターがあります。

 

本当に具合が悪かったり、不眠などがあったりする方であれば、相談後に医師のところに行けば薬を出すこともできます。拠点病院型でないワンストップ支援センターでも、被害に遭った方のお話を聞いたうえで病院を紹介したり、付き添い支援を行なったりしています。

 

また、犯罪被害者支援の民間センターも各都道府県にあります。東京都民の方でしたら、“犯罪被害者等のための東京都総合相談窓口(被害者支援都民センター)”もあります。どちらも被害者の立場で話を聞いてくれますので、まずはこうした支援センターで相談してほしいと思います。相手を罰するためには、もちろん警察です。

 

—— 専門機関で支援を受ける以外にも、被害に遭った人ができることはありますか?

 

小西先生:

生活に支障をきたすほどではなく、嫌な気分や記憶の解消を図るということであれば、友達に慰めてもらうこと。グチを言って話を聞いてもらったり、遊びに行ったり、周囲の支えでやっていけるケースもたくさんあります。ただ、友達も心配していろいろと言ってしまう可能性はありますから、難しい場合もあると思います。

 

そうして抱え込んでしまって生活に支障が出てくるときは、支援機関でケアしてもらったほうがいいですね。二次被害(=直接的な被害のあとに生じる被害。周囲の言動が精神的負担になる等)を受けずに済みます。

 

痴漢の被害といっても、一定のものがあるわけではありません。どうすればいいのかというのは、具体的に考えていく必要があります。「どうすればいいかわからない」というときは、ワンストップ支援センターのようにキーになるところに相談して、自分に合った対処をしてもらうことが大切ですね。

 

PROFILE 小西聖子 先生

武蔵野大学副学長。精神科医、公認心理師、博士(医学)。専門は臨床心理学、トラウマ・ケア。現在は性暴力救援センター・SARC東京にもかかわりつつ、臨床医として被害者の診療も行なう。

取材・文/橋詰由佳