「痴漢の真実」セミナー風景

いまは子どもが小さくても、いつかは電車で通学することもあるでしょう。近い将来、もし我が子が電車内で痴漢に遭い、楽しいはずの学生生活が一変したら…。子どもにつらい思いをさせないために、大人は何ができるのでしょう。「痴漢問題について、多くの大人に考えてほしい」──、痴漢抑止の活動を続ける松永弥生さんは、まだ当事者でない大人にそう問いかけます。

痴漢問題について、親子で話せる関係性をつくってほしい

── 松永さんが代表を務める痴漢抑止活動センターでは、学生を対象とした痴漢抑止に関するデザインコンテストやアニメーション制作を行うなど、教育に力を入れていますね。それはなぜでしょうか?

 

松永さん:

私たちがこうした取り組みを行なっているのは、痴漢問題を「被害者と加害者だけの問題にしておきたくない」思いがあります。今起きている痴漢被害や冤罪に関しては、痴漢抑止バッジという防犯グッズで減らすことを目指しています。

痴漢抑止バッジ
痴漢抑止のために作成された数々のバッジ

一方で、これから育っていく子どもたちが、どうすれば痴漢をしない大人になるのか。また、もし痴漢をされてしまったら、どうやって周囲に助けを求めるのか。それを考えたときに、私は教育が大事だと考えました。

 

そのためにも、親が幼児の頃から「プライベートパーツ(=口・胸・性器・お尻)は人に見せない。触らせない。人のものも触らない」と、男の子にも女の子にも教えておく。自分の体を大切にするように、他の人の体も大切にする。何をしてはいけないのか、ダメなことを伝えておくんです。

 

そして、誰かにそんなことをされたら「お母さんや先生でいいから、大人にすぐに言うんだよ」と伝えておく。いちばんは、何かあったら助けを求められる親子関係が理想ですね。

子どもは痴漢犯罪者が何をしてくるのか知らない

── 「助けを求められる親子関係が理想」とのことですが、そうした関係づくりのために、大人たちが知っておくべきことは何でしょうか?

 

松永さん:

大人は電車に痴漢がいることを知っていますよね。でも「電車には痴漢がいるから気をつけなさい」と、子どもたちに教えている方は少ないと思います。

 

これから大きくなる子は、中高生になって初めて「電車に痴漢がいる」可能性を知ります。本当に被害に遭ってしまうまで、痴漢がどういうことをしてくるのか知らないわけです。それはとても無防備なことですよね。

 

被害に遭うのは、女の子だけではありません。男の子も被害に遭っています。私自身もこの活動を始めて、「じつは僕も被害に遭ったことがあります」と、男性から話を聞く機会が度々あって驚いているところです。

 

──  では、子どもに「電車には痴漢がいるから気をつけて」と教えようと思ったら、どんなことを伝えればいいのでしょうか?

 

松永さん:

私が子どもたちによく言うことは、何をされたら痴漢なのか、判断するための基準です。普通であれば、電車内で胸やお尻に手がぶつかってしまったら、相手は慌てて手を引きます。2度と手がぶつからないように気をつけますよね。

 

でも、痴漢は2度、3度と手や腕を当ててきます。それは「痴漢」と判断していい。この判断基準がわからないと、痴漢に対して「やめてください」と言ったり、その場から離れたりするタイミングわかりません。何をされたら痴漢なのか、伝えておくことは大事ですね。

 

警察の指導だと、痴漢をされたら相手の手を掴んで「この人痴漢です!助けてください!と叫んでください」と言いますよね。そうすれば周りの人が助けてくれる、と。でも、私は「大きな声を出す必要はないよ」と伝えています。

 

まわりにいる数人に聞こえる声で「当たっています。やめてください」と言うだけで大丈夫だよ、と。そのほうが言う側のハードルは低いと思うんです。

 

他にも、足を踏まれたふりをして「イタッ」と言う方法もあります。周囲の人が「え?」と思うようなアクションを取れれば、痴漢も慌てます。

 

痴漢を捕まえることは、大人や警察の仕事です。被害に遭っている子は捕まえるところまでやらなくてもいいんです。一刻も早く、自分の身を守ることを知ってほしいですね。

教育の現場にも「痴漢の実態」を伝えていくために

── 教育現場との連携については、どのようなことを行っていますか?

 

松永さん:

大阪府の生徒指導連盟で、先生方に向けてセミナーをしたことがあります。セミナー終了後にはアンケートもとったのですが、「こんなに痴漢に遭っているなんて知らなかった」「これほどひどい被害に遭っているとは思わなかった」と、感想が寄せられました。

 

そこで気づいたことは、先生によっては痴漢の実態にそぐわない指導をしてしまっていること。たとえば、痴漢対策の指導として、女子生徒に「スカートが短すぎる」と言ってしまう場合があります。

 

ですが、痴漢に狙われてしまうのは、制服を校則通りに着ている子が多い傾向です。理由は「大人しそうに見えるから」。痴漢から子どもたちを守るためには、ただ服装を注意するだけでは足りないんです。被害に遭ってしまうことも、本人のせいではありませんよね。

 

そうした認識のズレがあることもわかりました。今後は教育現場にも、痴漢の実態をしっかりと伝えていきたいと考えています。

 

── 具体的には、どのような取り組みを行なっていく予定でしょうか?

 

松永さん:

4月の新学期オリエンテーションに向けて、教育用のアニメーション動画とセミナー資料を用意しました。入学したばかりの時期は、電車通学にまだ慣れていない子が多いので痴漢に遭いやすいんです。

 

痴漢犯罪を含めた防犯教室が開催できるよう、希望する学校に教材をお送りします。当センターで作っている痴漢抑止バッジも、新しく製品化したものを3月中に希望校にお届けします。

 

痴漢問題について、先生が子どもたちと話すことはハードルが高いと思うんです。でも、それは子どもたちも同じ。先生に対して、いきなり「痴漢に遭ったんです」とは言いづらいものですよね。「恥ずかしくて言えない」子もいるかと思います。動画やバッジのようなツールを使ってもらうことで、話すきっかけをつくってほしいですね。

 

教育現場でもご家庭でも、こうした教育を行なっていくこと。これを積み重ねて、何かあったときには、子どもが大人にすぐ相談できる信頼関係をつくることが大事だと思います。

 

PROFILE 松永弥生さん

一般社団法人 痴漢抑止活動センター・代表理事。2015年「痴漢抑止バッジプロジェクト」を立ち上げる。2016年1月に法人設立。性犯罪解決への取り組みをNPO、企業、警察、鉄道会社と協力しながら推進する。

取材・文/橋詰由佳 画像提供/一般社団法人 痴漢抑止活動センター