「触られた気がする。痴漢かもしれない」「でも怖くて、声をあげる勇気が出ない」。そんなとき、LINEを使うだけで、音を立てずに周囲に知らせることができて、痴漢行為が止まるとしたら…。いまSNSを使った新しい防犯ツールが、電車内での痴漢抑止に役立っています。『痴漢かも:電車内<不自然な接触>情報共有』を開発した、桜井大祐さんと佐藤裕一さんにお話を伺いました。
小さな違和感でもLINEで「SOS」防犯ツールができた訳
── LINE公式アカウント「痴漢かも:電車内<不自然な接触>情報共有」について、どのような経緯で開発したのでしょうか?
桜井さん:
2020年7月頃に日本不審者情報センターの佐藤さんから、「電車内の痴漢問題にアプローチするものを作りたい」とお話をいただきました。いちばん大きなコンセプトとして、「痴漢そのものではなく、その一歩手前の『痴漢かもしれないが、本当にそうなのかどうかわからない接触』」にフォーカスすること。
「痴漢ではないか?」という疑問を持ちながら、被害に遭われている方が通報をためらうことのないように、「偶然か、わざとか、わからないけれども触られた気がする」と思った段階からみんなで共有していく。
そうやって「そもそも犯罪が起きない空気をつくっていこう」という考えで、LINEで防犯ツールを作りました。2021年6月15日にLINE公式アカウントとしてリリースして、現在は800人以上のユーザーさん (2021年11月時点)にご登録いただいています。
佐藤さん:
「どこの誰かが通報したのかはわからない」「けれども、何らかの接触(痴漢の可能性)が自分の乗る電車内で起きているかも」。そういうことを、この公式アカウントを友だち登録したユーザーさんにLINEで通知しています。Twitterにも公式アカウントを作っていて、Twitter上でわれわれのアカウントをフォローしている方々にもお知らせしています。
これまでに使われてきた警察の防犯ブザーアプリや、痴漢に特化したアプリは、電車内で大きな音が出てしまうものです。これでは被害者が「痴漢です!」と声をあげることと同じだと考えました。そこで、「痴漢かもしれない」と感じた方が、恥かしさや特定されずに通報できるように、音を出さないツールにしました。
乗客が「数秒でも」周囲に関心を持てば状況は変えられる
── LINEのトーク画面で通報ボタンを押すと、ほかのユーザーさんにも大まかな位置情報がシェアされますよね。駅名のみを出しているのはなぜですか?
桜井さん:
リリース当初は「○○駅周辺」といった表現だったのですが、2021年11月にアップデートしました。「渋谷駅~原宿駅区間」と大まかな区間での表現に切り替えています。以前のバージョンと共通しているコンセプトとしては、あまり特定しすぎないこと。
何線の何両目で不自然な接触があったか、と具体的な情報をユーザーの方が受け取ると、どうしても(犯人を)探してしまいますよね。そうではなく、あくまで、誰もがスマホを覗いて、まわりに無関心な状況を少し変えたいんです。
痴漢をしようとしている人は、必ず死角で行為を行おうとしています。ですから、何人かの方がスマホから顔を上げて、まわりを見渡すだけでいいんです。「自分に視線を向けているかもしれない」懸念を与えることで、乗客みんなで電車内の安全を守っていける仕組みを目指しています。
佐藤さん:
このLINEアカウントを使って通報を受け取った方々には、何らかの行動をお願いしています。例えば、咳払いをしたり、友人と一緒にいれば話題に出したりと、本当にささいなことでいいんです。
「この電車かも」と思ってもらうことで、周囲を気にかけて、痴漢かもしれない接触が数秒でいいから止まるように。数秒あれば、被害者は身を守ったり、逃げたりできます。「みんなでその時間をつくりましょう」と呼びかけています。
── このLINEアカウントには、「練習モード」と「本番モード」がありますね。切り替え機能があるのは、なぜでしょうか?
佐藤さん:
防災訓練のように、被害者の方は「電車内で誰かに体を触られているかもしれない」という非日常の場面で、迷わずに行動することが求められています。そのために本番(痴漢被害)を繰り返すわけにもいきませんから、何をすればいいかというと「練習」です。
「練習モード」にも、「本番モード」と同じシステムを使っています。練習すれば一連の流れがわかります。その積み重ねで、実際に痴漢に遭遇した際、パニックにならずに使えるだろう狙いがあります。
「こんな防犯ツールがほしかった」リリース初日に届いたDM
── ユーザーさんからの反響はいかがでしょうか?
桜井さん:
2021年10月末にユーザーアンケートを行いまして、130件の回答をいただきました。そのうち、15人の方が「実際に状況に遭遇して利用しました」と。さらに3人の方から、「痴漢被害を防ぐことができました」と回答いただきました。
最近ではポジティブ・ネガティブな声も含めて、フィードバックを確認していただける掲示板も設置しています。
── 「声をあげない」コンセプトに対しても、ユーザーさんからの反応はありましたか?
桜井さん:
主にTwitterで、リリースを告知したときの反応で多かったのですが、“静かに情報共有できる”ツールとして好意的に受け止めていただいています。
リリース初日には、高校3年生の女性から「こういったツールがないかと探したときに偶然見つけて、まさにこれだ」と、感謝のメッセージをDMで頂きました。リリース直後にそういった反応を得たことは、手応えになったなと当時は感じましたね。
鉄道会社や警察との連携し「痴漢をさせない」社会を
── 鉄道会社との連携に向けては、どのようなことを行っていますか?
桜井さん:
鉄道各社はTwitterで公式アカウントを運用していますよね。われわれもTwitterのアカウントを作って運用していますので、そこから鉄道各社にメンションを飛ばす形で通知しています。
今後は、電車内でも「混雑しているので接触に注意してください」といったアナウンスができるようになればとも思います。このLINE公式アカウントを使っていない乗客の方にも、何か“小さな動き”をとってもらえるきっかけができるかなと考えています。
佐藤さん:
各鉄道会社と全国的に連携を早めるように取り組みたいですね。その連携をつくるために、鉄道各社に連絡をとって、担当者とさまざまなやり取りをしているところです。
── 警察との連携については、いかがでしょうか?
桜井さん:
やはり最悪の事態として、痴漢犯罪が起きてしまうことがあります。そういったときのために、警察機関との連携も必要です。以前に、警視庁・生活安全課の方から電話を頂いたことがあります。防犯ツールの研究・調査をされていたそうで、警察にも、問題意識を持っている部署の方はいらっしゃいます。
それが具体的に行動として現れるためには、やはり社会全体が「これは問題だよね。解決しなくちゃいけない」意識を持たなければいけません。そこをいかに変えていけるか、皆さんに知ってもらえるかが課題ですね。
PROFILE
桜井大祐さん
Vitalica株式会社・代表取締役社長。帰り道見守りアプリ「Beside U」ほか、防犯防災・医療・教育分野サービスおよびアプリケーションの企画・開発・運営を行う。
佐藤裕一さん
日本不審者情報センター合同会社・代表。ネットメディア役員を経て記者に。鉄道人身事故の報道多数。2016年6月に報道機関「日本不審者情報センター合同会社」を設立。
取材・文/橋詰由佳 画像提供/Vitalica株式会社、日本不審者情報センター合同会社