会話を盛り上げたいとき、相手の話に共感したとき、つい「私も」と言ってしまいませんか。このひと言で相手の会話を奪っている恐れがあると会話術の専門家で、話し方教室を運営する西任暁子さんは警鐘を鳴らします。どのような会話が話を盛り上げてくれるのでしょうか。

「私も」で話を奪っている危険性

── 相手の会話を聞いたとき、共感するとつい「私も」「うちも」と言いたくなってしまいます。

 

西任さん:

そうですね。そうして共感を伝えることはいいのですが、「同じ」と思えたことが嬉しくて、つい自分の話をしたくなります。相手が話し終えるまでは、途中で話を奪ってしまわないようにできたらいいですね。私はそれを「話のハイジャック」と呼んでいます。

また、「わかる!」と思って「私も実はね」と話し出す時、自分では相手に共感しているように感じるのですが、似た状況における自分の気持ちに共感していることが多いものです。逆の立場のときに「わかる!」と言われて、ちょっと違うんだけどなと思ったことがある方も多いのではないでしょうか。

 

話の中心が「相手の気持ち」から「あなたの気持ち」に移ると、相手は気持ちをわかってもらえなかったなと感じて、「もういいや」と話すことを諦めたくなるかもしれません。

 

── 「話のハイジャック」をしないためには、どうしたらいいでしょうか。

 

西任さん:

「話のハイジャック」を避けるためには、あなた自身の「わかって欲しい欲求」を自分で満たしてあげることが必要かもしれません。「わかってほしい欲求」が溜まってくると、しない方が良いと頭でわかってはいても、つい、自分が話したくなるからです。

 

誰かに頼んで自分の話をじっくり聞いてもらえるといいですね。それが難しい時は、自分で自分をわかってあげる自己共感ができるといいですね。

 

西任さん

相手が話終えるまでは、話題を変えない

そのほか、話をハイジャックするときによく使われるのは「何々といえば」という言葉です。この言い方をすると、一見、話がつながっているように感じられるので、自分としては相手の話を奪ったという感覚が持ちにくいのですが、相手は違う話に変わってしまい、がっかりするかもしれません。

 

この場合もやはり、自分のことをわかってほしい、話を聞いてほしいという気持ちが大きい時に起こりがちです。聞くよりも、話したい人が多いとよく言われますが、それだけ「自分のことをわかってほしい」と感じている人が多いのだろうと思います。

 

「といえば」という表現が役立つ時もありますよ。同じ話が続いて、その場にいる多くの人が退屈している場合です。「といえば」と言って話を切り替えると喜ばれるでしょう。流れを分断せずに話題を変えやすい表現なので、ぜひ状況を見て使ってみてください。

 

PROFILE 西任暁子

ニシトアキコ学校主宰、スピーチコンサルタント、ラジオDJ、アメリカへ高校留学後、慶應義塾大学在学中にラジオDJデビュー。東京FMなど全国32のラジオ局で番組を担当。15年間でインタビューした国内外の著名人は5000人を超える。スピーチやコミュニケーションについて伝えながら心理学や哲学などを探求。著書に『話すより10倍ラク!新 聞く会話術』など。

取材・文/天野佳代子 写真提供/ニシトアキコ学校事務局