脳梗塞で倒れたことをきっかけに、人生の優先順位が「キャリア」から「健康」にシフトしたというフリーアナウンサーの大橋未歩さん。自身の経験から得た思いを発信したいという気持ちもあり、2018年に15年間勤めたテレビ東京を退社。フリーのアナウンサーとして新たなステージを踏み出します。
そんな大橋さんが「もっと人生を楽しんでいい」と思えるようになったきっかけが、アメリカでの登山旅行だったといいます。
最終回となる今回は、アメリカ旅行で得た気づき、そして夫婦で理解し合うことの大切さや仲良く暮らす秘訣について伺いました。
ヨセミテ渓谷のど真ん中で「私、もっと人生楽しんでいいんだ」と気づいた
── 2週間のアメリカ登山旅で人生観が変わったそうですね。どんな体験をされたのでしょうか?
大橋さん:
もともと夫が登山好きで私も幼少期によく登っていたので、「長期の休みが取れたらゆっくり山登りに行きたいね」と話していたんです。会社員時代は2週間も休みを取るのは正直難しかった。フリーランスになったからこそ叶った長期休暇でした。
アメリカでは、10kgのバックパックを背負ってサンフランシスコからヨセミテ渓谷に行ったのですが、トレッキングの文化が根づいていることもあり、登山の装備で歩いているだけで、道行く人たちから「Congratulations!」とか「どこ行ってきたの?ヨセミテ?いいな、僕も行きたいんだよね」って声をかけられるんです。
ただ歩いているだけで讃えられるという経験は初めてだったので、そのポジティブな雰囲気に、「世界にはいろんな文化があっていろんな人たちがいるんだよな。私ももっと気楽に人生を楽しんで生きていいのかも」と感じました。
── それまでずっと緊張感をもってストイックに仕事に向き合ってきた大橋さんにとって、肩の力をフッと緩めてくれるような経験だったのですね。
大橋さん:
もちろん仕事で期待されるというのはすごく有難いことですし、誇らしい気持ちもあります。「大橋、頼んだぞ!」と言葉をかけてもらえることが嬉しかったし、それに応えたいと思って頑張っていました。でも、それを私のなかでうまく消化できなかった未熟さがどこかにあったのだと思います。
会社員を辞めて「今までやったことのない仕事」をあえて選ぶように
── フリーランスに転身して、働き方や仕事観はどのように変わったのでしょうか?
大橋さん:
会社員の頃と一番違うのは、時間を主体的に使えることですね。自分で仕事を選べますし、休みを設定することができるのは、やはりフリーランスの醍醐味です。
せっかく新たな一歩を踏み出したわけですから、これまでと同じことをやったのでは意味がないと思い、今はあえてやったことのない仕事を選んでいます。
例えば、今出演している『5時に夢中!』(TOKYO MX)に関して言うと、記事やメッセージを読むというこれまでのアナウンサーとしての役割に加えて、出演者とのアドリブのやりとりだったり、時事問題に関するコメントなど、硬軟にわたる機転が求められるんです。
難しさを痛感する日々ですが、そこはもう恥をかきながら、“自分への挑戦だ”と思って取り組んでいますね。
── キャリアがある人が、新しいステージで未経験のジャンルに挑戦するのはすごく勇気がいることだと思います。でも、そのぶん成長につながりますよね。
大橋さん:
台本の筋書きどおりに進行するこれまで局アナの仕事とはまったく違う「予定不調和」に焦ることもありますが、それ自体がすごく刺激的だし、楽しいですね。落ち込むこともありますが、それもまた新鮮です。
これまで“目標を立てて、逆算しながらその道のりを突き進む”という仕事観でやってきましたが、今は、あえて目標を定めないようにしているんです。
私の場合、目標を定めすぎると一直線になりすぎて視野が狭くなってしまうような気がして。しなやかにいろんな方向に踏み出せるように、あえて何も決めず、流されてみようという考え方に変わりました。
目標は持たない…なぜなら視野が狭くなってしまうから
── 確かに目標を持つことは大事ですが、それに囚われすぎると、手放すことが怖くなったり、変化を恐れてしまったりして、苦しくなってしまう場合もありますよね。
大橋さん:
会社をやめるか迷っていたとき、すごく信頼している先輩から、「人の器はある程度容量が決まっているから、何かを捨てたら別の何かが入ってくるよ」とアドバイスをもらったんです。
正直、最初は「本当だろうか…」と半信半疑な部分もありましたが、まずは自分のなかに“空きスペース”を作ることが大事だと思い、フリーになって所属する事務所も、そもそもフリーとして活動するかどうかも、何も決めずに会社を辞めました。
そうしたら、本当に次々と新しいことが入ってくるようになったんですよね。会社を辞めた当初は、まさかすぐにレギュラーの仕事をいただけるなんて想像もしていませんでした。
── 一度そういった経験をすると、手放すことに対する不安がなくなるのかもしれませんね。
大橋さん:
今、若い頃を振り返ると「欲張りだったな、私」と思います。自分の手の届く位置にものがたくさんないと人生が成り立たない気がして、手放すのが怖かったし、不安でした。でも、いざ手放してみると、自分の足で立っていることを誇らしく思える私がいます。
夫は同志であり親友であり恋人。暮らしの支えになっている
── フリーランスになってからの、ワークライフバランスの満足度はどれくらいですか?
大橋さん:
コロナ以前なら「100!」と答えられたのですが…。コロナ禍の今は思うように外出できず、登山に出かけるのも難しいので、心のバランスを保つのが難しいなと思うときも。そうですね、85くらいでしょうか。
でも、そのぶんパンを作ったり、料理を楽しむ時間が増えました。仕事はチームで作るものだから、当然自分の思い通りにいかないこともありますが、料理は自分のやりたいようにできるし、不特定多数の人に評価されるわけではないので、すごくいい息抜きになっています。
── 家での時間も充実しているんですね。パートナー(テレビ東京プロデューサー・上出遼平さん)とも本当に仲がよさそうで羨ましいかぎりです(笑)。大橋さんにとってどんな存在ですか?
大橋さん:
そうですねえ…(笑)。夫は同志であり、親友であり、恋人です。私、彼のファンなので(笑)。夫の創る映像や文章などがすごく好きなんです。
── 家の中に“推し”がいるなんて、なんて幸せな(笑)。リスペクトしあえる夫婦関係は、理想的ですね。同じ業界で働く仲間でもあるわけですが、仕事のことを話したり、相談したりすることもあるのでしょうか?
大橋さん:
…そもそも私、リスペクトしてもらえているのかなぁ(笑)。
それはさておき、お互い仕事やキャリアについてはよく話しますね。私が10歳年上で、彼の会社員としての悩みは私もかつて経験していたりするので、「それにはこういうメリットやデメリットがあるよ」などと情報共有して、先輩風を吹かせています(笑)。
「ありがとう」で家がうまく回るなら“安売り”したっていい
── 夫婦共に多忙な日々だと思いますが、家事分担はどうしていますか?
大橋さん:
決めたのにやらないとかえってストレスになるので、あえて分担は決めず、“できるほうがやる”というスタイルです。
夫が家事をしてくれたときは「ありがとう!」と大げさに言うようにしていますね。そのほうがお互い気持ちがいいですし。ちなみに、自分が家事を済ませたときは「やっといたよ~」とアピールして、“「ありがとう」のカツアゲ”も忘れませんけどね(笑)。
…
パートナーとの暮らしを充実させつつ、今までにない仕事への挑戦を厭わない大橋さん。そのしなやかな姿勢に学ぶことが多いインタビューとなりました。今後の活躍にもますます期待したいと思います。
Profile 大橋未歩さん
フリーアナウンサー。1978年兵庫県生まれ。上智大学卒業後、2002年にテレビ東京に入社し、多くのレギュラー番組で活躍。2013年に脳梗塞を発症後、約8か月の療養を経て復帰。15年間勤めたテレビ東京を退社し、2018年にフリーアナウンサーに転身。現在、『5時に夢中!』(TOKYO MX) のアシスタントMCとしてレギュラー出演中。「東京2020パラリンピックの成功とバリアフリー推進に向けた鼎談会」メンバー、パラ応援大使に就任。パラ卓球アンバサダー、防災士としても活動。
取材・文/西尾英子 撮影/中野亜沙美 ヘアメイク/根本秀子