中学生のトニーニョくん(15歳)と3人で暮らす、漫画家の小栗左多里さんと外国人の夫・トニーさん。

 

夫婦で子育てをしていくなかで「異文化で育った者同士はどうやったら折り合えるのか?」と試行錯誤した経験から感じたことはたくさん。今回からはトニーさんも加わって、同じテーマについて夫婦で交互に語ります。

 

前回記事「ベビシッターはスパイ!?外国人の夫が体験した忘れられない思い出」では、アメリカで育ったトニーさんが自身のベビーシッター経験について語ってくれました。今回は左多里さんがトニーニョくんが小6にして初体験したアルバイトについて回顧します。

息子が12歳で初ベビーシッターに!一番の収穫は意外にも…

トニーニョのためにわが家がベビーシッターのお兄さんを頼んでから幾年月。小学6年生になった息子に、ベビーシッターをしてくれという依頼が舞い込んだ。今度は逆に、ドイツ人の子に英語を教えてくれというお願いである。その子、ルカ(仮名)は5歳で、すでに英語はある程度話せるのだけど、もっと強化したいから英語だけ使って遊んで欲しいとのことだった。

 

遊ぶといっても、やはり本を読んであげるとか意識的に語彙を増やすような気配りが必要なので、トニーいわく「たぶん僕も参加することを期待されてると思うよ」。トニーは息子にたくさんの本を読んできたし、教えることに慣れているので大丈夫そう。トニーニョも「やる」というし、もちろんいい経験になるだろうから受けることにした。トニーニョにとっては初めてのアルバイトである。大人の階段のぼる日は急にきてしまうのね。

可愛いルカに一家全員メロメロに

ルカはうちから歩いて10分くらいのところに住んでいて、ベビーシッター最初の日は父親と一緒にやってきた。ドアが開いた時からニコニコしていたルカは愛くるしさの頂点で、もう今日泊まってったらいいじゃんってくらいかわいらしかった。人見知りしないので、トニーとトニーニョもやりやすかったらしい。

それから週に2回くらい、本を読んだり外で遊んだり、時には息子が保育園に迎えに行ったりもした。小6の息子はこの頃まだ、通学路以外ほとんど一人で歩いたことがなかった。治安はそれほど悪くなかったけれど、この前の年に「9歳の子が連れ去られそうになった」という話があったし、秋以降は暗くなるのが早かったので、親もそのたびけっこうドキドキだった。

ルカの笑顔が消えた…ベビーシッターのピンチ!?

最後の方で一度だけ、ルカが不機嫌な顔でやってきたことがあった。頭が痛いという。両親はまだ仕事だったので、結局時間まで預かることに。お迎えまでDVDを観ることにして、ソファでトニーにもたれるルカに、イチゴ味のヨーグルトドリンクをあげて、私は自分の部屋に戻った。するとしばらくして「ちょっと来てー!」とトニーに呼ばれたので行ってみると、トニーのズボンとソファにルカがもどしてしまっていた。一瞬「んげ」と思ったが、子どもの気持ちに影響すると思い「んげ」は飲み込んで「かわいそうに!」と言った。気持ちが悪かったのに、まだ小さい上に自分の家族じゃないからうまく言えなかったのかもしれない。輝く笑顔が消えたルカは本当に辛そうだ。トニーニョはルカが帰ってからも「かわいそうだったねえ」と言っていたので、ちょっとほっとした。

 

私たちが日本へ帰ることになってバイトも終了したけれど、ベビーシッターの効果はある程度あったようでルカの両親は喜んでくれた。出発前に私たち一家を夕食に招待してくれたり、帰国後もカードをくれたりと、おつきあいは続いている。

アルバイトの経験で得た収穫で特筆すべきは…

こうして得たバイト代が全額自分のものとなり、息子は急激に小金持ちとなった。しかし何にも使わず、そのまま日本に持って帰ってきた。正確に言えば、私を全面的に信用して今も預けている。今までの歴史の中で、どれだけの子どもが「貯金しといてあげる」という親の言葉を信じてお年玉を託し、その大部分が四次元へ消えていったことか。ドイツ帰りのせいか、息子はそのことを知らないのだ。

 

ところで、ルカの家族はもともと知り合いではなく、息子も学校の「アルバイト希望者リスト」に名前を載せてはいなかった。なのになぜ依頼されたのか。

 

実はルカにはトニーニョと同じ学校に通うお兄ちゃんがいた。それで父親がベビーシッターを探す時、校内の知り合いに「誰か適役知らない?」と相談したらしい。するとその人が「それなら親切な家族がいるよ」と、うちのことを紹介してくれたのだという。それを聞いて、トニーはとても喜んでいた。知り合いゼロでやってきて、息子の入学後すぐ、彼はPTA的なものなどさまざまな集まりに参加して人間関係を構築しまくってきた。その結果の一つがこれだったのだ。息子の初めてのアルバイトは、その経験とともに、「信頼を得た」という嬉しい気持ちとセットで私たちの中に残っている。

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文・イラスト/小栗左多里