共働き時代に合った私らしい生き方・働き方を模索するCHANTO総研。 前編の「

産・育休後の復職一時金を支給など、“ダウンサイドの支援”で誰もが思い切り挑戦できる企業に

」では、メルカリの人事制度「merci box」の設立背景や考え方、実際に社員が子どもの病気や産・育休で休業する際にはどういった保障がなされているのかについてまとめました。

 

後編でもD&I(ダイバーシティアンドインクルージョン)

の視点でさまざまな取り組みを行っているメルカリに注目したいと思います。 まだ実施している企業が少ない妊活の支援や、時代に合わせた人事制度の運用方法の秘訣について、人事を担当する望月さんに引き続き話をお聞きしました。

 

※D&I(ダイバーシティアンドインクリュージョン)…組織の多様性を高めるだけにとどまらず、そこに属する人が個人として尊重されながら、その個性の違いを生かし、能力が発揮できるよう環境整備や働きかけを積極的に行っていこうという考え方のこと。

 

教えてくれたのは…

望月 達矢(もちづき たつや)さん

株式会社メルカリのPeople Experience Team Manager。外資系生命保険会社、エンターテイメント企業、ITベンチャー企業を経て、2017年メルカリに入社。現在は人事制度(主に福利厚生制度・働き方)の企画・人事労務を担う。

 

妊活支援もプライベートな領域にあえて踏み込まない


──メルカリでは、妊活の支援も行われています。妊活は非常にデリケートなトピックで周囲には打ち明けにくいという意見もありますが、どうされているのでしょうか?

 

望月さん(メルカリ):

そうですね。妊活の支援は、不妊治療を行う場合の費用を、所得や年齢の制限なく、会社が一部負担する制度です。妊活は精神的、肉体的、金銭的にも当事者負担が大きいので、まずは会社として金銭的な部分で支援し、少しでも本人ならびに配偶者の負担を和らげたいという判断です。

 

保険適用の治療の場合は治療費の3割を会社が負担するので、実質本人負担額は0円。保険適用外治療では治療費の7割を会社と自治体の助成金負担とし、実質本人負担額は治療費の3割で済むようにしています。

 

妊活支援の申請方法はいたってシンプルで、Web上のワークフローに沿って申請するだけです。住所変更や結婚申請などと同様の手続きで、申請内容は上司の目に止まることもなく、直接労務担当に届きます。その手続き自体は事務的に淡々と進めるよう心がけています。

 

もちろんこれは、ただ事務的に処理すればいいと思っているから、というわけではありません。妊活支援の申請者の多くは、この制度を利用しているということをおそらく知られたくないはずですので、制度を利用する際の心理的ハードルを少しでも下げられたらと考えているからです。

 

当たり前のことですが、妊活の支援対象者に関してはプライバシーを守り、私たちとしても変に当人の心情に踏み込まないことを意識しています。良かれと思って踏み込むことによって、かえって利用者の負担になったり、状況を逐一説明して開示しなければいけないというプレッシャーが生じてしまうかもしれません。

 

社員の負担を増やさないこと、社員の心理的安全性を下げないこと、を意識して常にケースに応じた対応を心がけています

 

──その視点は大事ですね。妊活は精神的にも負担が大きい問題なので、深く話し合うよりはかえってそうした配慮がなされる方が気が楽かも知れません。

 

形骸化する数値目標は掲げない


──せっかく良い人事制度を作っても、実行ハードルが高く悩んでいる企業も多い印象を受けます。メルカリでこうした制度の運用が上手くいっている要因はなんでしょう? 

 

望月さん(メルカリ):

これは個人的な意見ですが、会社のカルチャーに依るところが大きいのではないかと思っています。 どんな会社も個人も、性別や国籍などのバイアスがかかっています。バイアスは誰しもが持っているので、意識しないと取り除けません。もちろん弊社も例外ではないので、トレーニングを通じてそういったバイアスを取り除くように努めています。

 

「女性役員比率〇%」など数値目標を私たち掲げていないですし、今後も掲げる予定はありません。数値を目標に掲げると、目標を達成しようとして、支援制度が形骸化することになりかねないのではないかと考えているからです。

 

──なるほど、確かにいつの間にか数値達成そのものが目標になってしまうことが多いかもしれません…。

 

望月さん(メルカリ):

あとはバリューの存在も大きいです。メルカリでは「All for One(全ては成功のために)」というバリューがあり、個人ではなくチームとして大きい成果を上げることがミッションだと捉えています。そのため、もし困っている人がいたら、自然と「大丈夫?」と気にかける雰囲気が社員間にあります。

 

自分には関係ないと見て見ぬ振りをせず、問題に気付いたら真剣に取り組むカルチャーが、制度の実現につながっているのだと思います。一見当たり前のことに聞こえるかも知れませんが、意外と当たり前のことを当たり前にすることは難しいんですよね。

Slackを利用し、社員の提案ハードルを下げる


──「当たり前のことを当たり前にする」とは言え、メルカリは当事者でなければ気付きにくい病児保育費や妊活の支援など、時代に合った人事制度施策を次々と出している印象があります。制度の内容を刷新していくコツはあるのでしょうか?

 

望月さん(メルカリ):

制度を考える上では、当社のバリューに照らし合わせて実行することが多いです。「こんな制度が欲しい」というニーズは、Slackで社員からもよく上がってくるんです。

そうした要望に対しては「もしこの意見が制度化されたら、仕事を“Go Bold”にできるようになるか?」個人の満足度の向上だけでなく、組織・企業のパフォーマンスを明確に高める制度となるのか?」を基準に考えます。

 

ヒアリングすることは大切ですが、何もかも採用すればいいというものではないですよね。提案のハードルは下げていますが、本当にその制度が必要なのかどうかは精査する必要がります。会社のお金は無限ではないので、自分の懐からお金を出す感覚で考えることを意識していますし、社員もその意識は持ってほしいと思います。

 

 

社員が困っている課題は、仕事していくうえで自然に気付くことも多いです。最近では19年5月にWellness Roomという多目的室を立ち上げたのですが、これは外国籍の社員の礼拝場所が無かったことがきっかけとなりました。

 

礼拝は外国籍社員にとっては、毎日やる「当たり前のこと」です。当人にとっては私たちが食事をとることと同じくらいに当たり前のことなのに、非常階段など狭い場所でやるのはおかしいのではないかな、と感じて実現に至りました。

 

WellnessRoomは多目的室なので、礼拝だけではなく、社員の家族が会社を見学できるファミリーディでは授乳室としても解放しますし、勤務中に具合が悪くなった時に休んでもらうこともできるような仮設ベッドを設置した部屋もあります。

 

こうした自由な取り組みが実現できるのも、会社として起案ハードルがそんなに高くないことも影響しているかも知れません。何か新しいことをやってみようという意見が上がれば、反対するのではなく「とりあえずやってみれば?」と任せてくれる社風があります。 もし問題が生じても、やってみてから改善すればいいという考えがあるので、ハードルが低く色んな課題に取り組めているのだと思います。

 

──制度を完成させてから実行するではなく、改善しながら良いものに仕上げていくという姿勢はIT企業らしいですね。人事制度を運用していく側として、他にも社員に制度を浸透させるために何かやっていることはあるのですか。

 

望月さん(メルカリ):

実務的作業以外ではSlackの関連スレッドを定期的にチェックすることと、制度を変えた時の対応ですね。

 

Slack上でよく見ているスレッドは社員の雑談や意見、感じたことを自由に書き込めるランダムチャンネルと、社員が質問投稿できるQ&Aチャンネルです。ランダムチャンネルでは雑談の中に社員が困っていることが上がっていないか、定期的にチェックしています。Q&Aチャンネルでは制度について社員の感想を把握したり、制度に関する質問に答えています。

 

制度が変更された時には、有志対象に「オープンドア」という座談会のような場を設けることもあります。文字ベースでは伝わりにくい部分について、集まった人から直接質問や意見を受ける場として機能しています。

 

制度は出し入れ自由、内容は時代に合わせてアップデート


──メルカリではまず制度ありきというよりは、社風が制度に色濃く反映されているんですね。制度の活用に悩んでいる企業にも、参考になると思います。 最後に、今後の人事制度の運営方法について教えてください。

 

望月さん(メルカリ):

人事制度は、一度作ったらそれで終わり、というものではありません。「merci box」の“box”には、様々な制度の出し入れができるようにという意味も込められているんです。世間のトレンドや会社の状況に応じて、内容は改定していくつもりです。

 

今は、社員数が急激に増えてきたので「この場合はどうなるの?」と社員が相談しやすい環境を作っていかなければならないと感じています。

 

これまでは制度の利用者自体が少なかったこともあり、イレギュラーな部分は個別対応で処理してきました。でも社員数が増えてきた今は、制度が確立されたこともあって書類上の手続きだけで終わってしまうことも増えてきました。

 

もしかしたらその中には、内容についてちょっと相談したい社員がいるかも知れない。他にも私たちがまだ気付けていない問題があったり、書類や申請を出すうえで適用対象外のものがまだあるのかも知れません。

 

制度利用者の行動や何気ない言動の裏に隠された潜在的なメッセージもしっかりと読み取って、制度はこれからもアップデートしていきたいですね。

 

取材・文/秋元沙織 撮影/中野亜沙美 取材協力/株式会社メルカリ