大切な人の死は、失うものばかりではない

── 哲雄さんは、自身がどう死んでいったかを書き残したいと、著書『僕の死に方 エンディング・ダイアリー500日』を亡くなる直前まで執筆されていました。
金子さん:本の執筆が最後の大きな仕事になることはわかっていました。自身の葬儀のプロデュースとあわせて、亡くなる数時間前までやりたかったことをして、ある意味、生き生きとしていました。
── 哲雄さんが亡くなった後は、稚子さんが本の制作を引き継いだそうですね。
金子さん:はい。当時、私は仕事で旧姓を使っていたんですが、旧姓ではなく「金子哲雄の妻」だとわかるほうが多くの人に伝わりやすいからと、マーケティング的な戦略まで指示が入っていました。
本の制作は葬儀が終わってすぐにはじまりました。私は編集者の仕事も長くしてきたので、出版社の方と打ち合わせをした瞬間から仕事モードのスイッチが入って。夫に代わって私が原稿をチェックし、打ち合わせのために足繁く出版社にも通いました。
夫は看護師さんに「僕が死んだら稚ちゃんには何も残らない」と言っていたそうですが、実際は違います。家に閉じこもることもなく、必然的に外に出る機会を作ってくれた。きっと、夫は亡くなった後の私の人生も考えて、あえてこの宿題を残してくれたんだと感謝の気持ちで胸がいっぱいになったことを思い出します。
── 哲雄さんはエンディングノートを書かれていなかったそうですが、別に大事なものを残していたそうですね。
金子さん:夫はハードディスクを2つ残しました。ハードディスクには、流通ジャーナリストらしく店のチラシとかノボリ、電化製品の値段などの写真が大量にあり、それらが日にちごとに日記のように整理されていました。後日、これは夫の「目」なんだと気がつきました。夫が流通ジャーナリストとして、世の中をどういう視点で見続けてきたのかはっきりわかって胸が熱くなり、本当に仕事が好きだったんだと思いました。エンディングノートは残していませんが、改めて夫を理解することができました。
また、夫からの引き継ぎがあったからこそ、私は「終活ジャーナリスト」として現在、活動するようにもなりました。これも夫が残してくれたもののひとつです。
亡くなった人が生きた意味や思いを、残された私たちが受け取り、自分の人生に加えていく。大切な人が亡くなると、失われたものばかりに目を向けてしまいがちですが、同時に多くのものも得ていると、私はそう思っています。
取材・文:岡﨑優子 写真:金子稚子